浅草に誕生した和食の店

住宅地の一角にある「浅草 あさの」。

浅草の言問通りから少し入った住宅街にある「浅草 あさの」。オーナーの浅野一弘さんは、「浅草 茶寮 一松」で長年、料理長を務めていた仕事人だ。

そんな浅野さんが「人生の集大成」と称して10月21日にオープンさせたのは、カウンター席のみの店。店内は木の温もりがある、ゆったりとしたスペースで寛げる雰囲気だ。カウンターに座ると、壁の棚にきれいに重ねられた器類が目に入る。さらに棚の下を見ると、浅野さんの「命」ともいえる包丁の数々が几帳面に並べられていた。

ランチだけで食べられる、2種類の看板メニュー

茶色を基調にした店内で、ゆっくり食事を楽しめる。

この店のランチが、評判になっている。理由は、一松で提供された人気の献立「赤味噌仕立ての和牛ビーフシチュー(1,650円)」と「銀鱈粕漬膳(1,980円)」が、お品書きに並んでいるからだ。浅野さんのオリジナルレシピのビーフシチューと銀鱈粕漬は、今やこの店でしか食べられない味。しかも夜の会席では提供していないと聞けば、ますます食べてみたくなる。

箸とスプーンで食す「赤味噌仕立ての和牛ビーフシチュー」

ランチの人気メニュー「赤味噌仕立ての和牛ビーフシチュー」。

「赤味噌仕立ての和牛ビーフシチュー」のベースとなるソースはデミグラスソース。そこに京都の赤味噌と八丁味噌をブレンドして仕上げている。一口食べてみると「味噌が入っているの?」と思うかもしれないが、肉が口から無くなる頃に、かすかに味噌の香りが残る。濃厚なデミグラスソースなのに、さっぱりした後味。後を引くおいしさだ。

30~40皿分の肉を下茹でしている鍋。

このシチューの作り方を少しだけ教えてもらった。黒毛和牛を人参、玉ねぎ、セロリなどの香味野菜と一緒に茹でること約5時間。この過程でしっかり火を通すことで、肉が柔らかくなる。そしてさらにソースとともに約5時間煮込んで完成となる。

シチューは箸とスプーンで食す。長い時間、煮込まれた肉は、箸を入れただけでホロホロとほぐれる柔らかさ。一方、付け合わせの野菜は、薄味の出汁で軽く煮ただけなので、肉と違い歯ごたえがしっかり残っている。約120gの肉と、季節の野菜5種類。肉と野菜の量もちょうど良い。

銀鱈粕漬は遠火でじっくり焼いて、ふっくら仕上げる

「銀鱈粕漬膳」は刺身、出汁巻玉子、小鉢、温菜がついている。

「赤味噌仕立ての和牛ビーフシチュー」と並んで、ランチの人気メニューの一翼を担うのは「銀鱈粕漬膳」。銀鱈は西京味噌、酒粕、田舎味噌、砂糖のみの味付け。とてもシンプルだが、ここの粕漬は酒粕が控えめでご飯との相性もいい。この味が完成するまで半年以上、試行錯誤を繰り返したという渾身のレシピは、浅野さんとお弟子さん以外は知らない、門外不出の逸品だ。

遠火で約10分。焦がさないようにじっくり焼き上げる銀鱈。

粕漬は焦げやすいので、遠火でじっくり約10分焼く。付け合わせの刺身は日によって違う。この日はまぐろとヒラメが贅沢に盛られていた。これで2,000円もしないのだ。「いくらランチでも安すぎるのでは?」と思い聞いてみると、「これが都心だったらこの値段では難しいですよね。でも浅草ですから」と浅野さんは笑って答えてくれた。

しかし、おそらくそれだけではないだろう。長年、素材と料理に真摯に向き合ってきた浅野さんだからこそ仕入先との信頼関係が生まれ、いい素材が安く手に入る。それが会話の端々から窺えた。