レトロな雰囲気を味わえる定番料理やドリンクを紹介する新連載「レトロごはん」スタート!

刺激たっぷりの流行フードや映えを楽しめる最新のスイーツも好きだけれど、やっぱり落ち着くのは、昔から馴染みのある定番もの。「レトロごはん」は、懐かしくてほっとする定番料理や、レトロな雰囲気を味わえるデザート&ドリンクを紹介する連載です。

記念すべき第1回は、「クリームソーダ」! 明治から令和へ、時代を超えてなお愛され続ける魅惑のドリンクの歴史と、ノスタルジックな気分を存分に味わえるお店を紹介します。

楽しい思い出が宿る。いつまでも特別な飲み物「クリームソーダ」

会社員の平均月給は約20,000円だった1960年代のはじめ。その分だけお安く買い物ができたのかと言えば、必ずしもそうではない。例えば、マスクメロンは1玉5,000円以上もしていた。世に出たばかりの冷凍室付き冷蔵庫は約60,000円と、これも庶民にとっては高嶺の花。お家でゆったりメロンやアイスクリームを食べるのは、お金持ちだけの特権だった。

純喫茶「丘」の「クリームソーダ」650円。シンプルなジュースグラスにも昭和らしさが漂う

そんな背景もあってか、2つの憧れをかけ合わせたような存在が、長きに渡り大きなムーブメントを巻き起こすことになる。メロンソーダにアイスクリームを浮かべた、喫茶店のクリームソーダだ。

お店があるのはビルの地下。建てられた時代は31mの高さ制限があり9階建て程度が限界だった

1960年のコーヒー豆輸入自由化や、東京オリンピックに伴う好景気により、当時は喫茶店の黄金期とも言える時代に突入していた。その名残を色濃く留めるのが、上野にある純喫茶「丘」である。

気持ちまで明るく照らしてくれるような清涼感のあるグリーンカラー。溶けてしまう前にアイスから味わうべきか、先にメロンソーダで喉を潤すべきか。どちらから手を付けようか迷う贅沢な瞬間。幼少期の幸せな記憶が頭をよぎる人も多いだろう。

お出かけのときにしか食べることができない贅沢品。長きに渡り、クリームソーダは特別なごちそうだった。

カラカラに乾いた喉を、しゅわと駆け抜ける炭酸の爽快感。すぐにでも飲み干してしまいたくなる衝動を、心地よい刺激が適度に抑えてくれる。そんな甘くて冷たいメロンソーダ以上に、甘くて冷たいのがアイスクリーム。氷との境界線が、シャリッとシャーベット状になるのも面白い。だんだんとアイスが溶けて白と緑のグラデーションとなり、複雑な飲み口になるのも醍醐味である。

西洋風のオブジェで飾り付けられた店内。ドリンク1杯で思いのまま過ごすことができる

まだ物珍しかったカラー放送で東京オリンピックを観戦し、日本中が沸いた1964年。同年に創業した「丘」は、インテリアもメニューもほとんどそのまま保存されている。地下に伸びる吹き抜けの階段に吊るされた大きなシャンデリアは、高度経済成長期の日本の栄華を象徴するかのよう。古き良き時代にタイムスリップできる貴重な空間。クリームソーダを飲んで一息つきながら、ノスタルジーに浸るのも悪くない。

渡来したのは明治時代。文豪も愛した資生堂の最新ドリンク

クリームソーダが全国各地の喫茶店などに広まったのは高度経済成長期以降だが、実は今から120年近く前に日本上陸を果たしている。

そもそもアメリカでは1800年代の初頭から、ソーダ水にシロップや砂糖を混ぜたドリンクが治療薬として販売されていた。1832年にソーダ水を製造する機械、ソーダファウンテンが登場。全米のドラッグストアに広まり、段々と華美な装飾が施されるようになる。1874年にはクリームソーダが開発され、10代の若者を中心に人気を集めていたという。

そんなアメリカのドラッグストア事情に大きな衝撃を受けたのが、日本初の洋風調剤薬局、資生堂の創業者である福原有信だった。1902年、ソーダ水製造機をはじめシロップ、グラス、スプーン、ストローまでアメリカから直輸入。銀座にあった資生堂薬局内に、炭酸飲料を提供するコーナー「ソーダファウンテン」を開設した。

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ソーダファウンテンがあった面影は、現在も東京銀座資生堂ビルとして残る   出典:karen88888さん

バニラ、レモン、オレンジなど14種類のフレーバーを揃えたアイスクリームソーダは、1杯25銭。同じく銀座の名物、あんパン1個が1銭という時代であり、相当な高級品だった。

まったく新しい味わいに魅了されたのが日本を代表する文豪、森鷗外。1911年に発行した小説『流行』にて、関わるものすべてが世間でブームとなる男を描いた際に「資生堂のアイスクリイムも食ってやらなくては」といったセリフを喋らせたり、愛娘に「資生堂以外でアイスは食べてはいけない」と教育したり。さまざまな文献から、かなりの資生堂ファンだったことが分かる。

「アイスクリームソーダ(レモン)」1,150円
「アイスクリームソーダ(レモン)」1,150円   写真:お店から

成長して作家となった娘の森茉莉も、子供の頃に父(鷗外)や母と銀座に出かける際には資生堂に立ち寄って、レモンやイチゴのアイスクリームソーダを飲むのが「この上ない夏の楽しみだった」と書き記している。 

陸軍省医務局長という軍医のトップだった森鴎外だが、いつも資生堂に連れていける訳でなく「アイスクリーム、アイスクリーム」と呪文のように繰り返す愛娘には「家でシトロン(炭酸飲料)を冷やしているから」となだめた。森茉莉は「その度に失望した」という。現代とさほど変わらない、微笑ましい情景が目に浮かぶ。

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出典:esora24さん

そんなアイスクリームソーダは、今なお資生堂パーラーの看板メニューのひとつ。季節のフルーツを使用した今月のおすすめのほか、薄く削った皮を煮出して香りづけしたレモン、オレンジの3種類から選ぶことできる。決め手となるのがホームメイドのアイスクリーム。大正時代に記された門外不出のレシピに基づき、創業からの味わいを受け継いでいるそうだ。

本物のメロンをお腹いっぱい食べられる時代になっても、クリームソーダの魅力は決して損なわれない。それどころか歴史が積み上げられるほどに、味わいだけではない価値も宿っているのではないだろうか。価格の問題ではなく、子供にとっても、大人になっても、やはりクリームソーダは贅沢品なのである。

※価格はすべて税込

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※取材日(2021年8月10日)の情報をもとに掲載しております。最新の情報はお店の方にご確認ください。

撮影:佐藤潮

文:佐藤潮、食べログマガジン編集部