【レトロごはん】喫茶メシの大定番「ナポリタン」編

刺激たっぷりの流行フードや映えを楽しめる最新のスイーツも好きだけれど、やっぱり落ち着くのは、昔から馴染みのある定番もの。「レトロごはん」は、懐かしくてほっとする定番料理や、レトロな雰囲気を味わえるデザート&ドリンクを紹介する連載です。

第2回は、喫茶メシの大定番「ナポリタン」! 発祥の謎から日本での定着まで、その歴史をひもときながら、人気都市の代表的なお店を紹介します。

日本全国に広まったきっかけは、国産スパゲッティの誕生と喫茶店ブームの重なり

アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ、ジェノベーゼ、ボンゴレ、プッタネスカなどパスタ料理は数あるが、日本独自の逸品を選ぶならナポリタンは外せない。もっちりやわらかスパゲッティに優しい酸味のトマトケチャップが絡みつき、昭和歌謡的ハーモニーを奏でる。名を拝借しているナポリの人々は首をかしげるかもしれないが、日本人の魂に響くソウルフードといっても過言ではないだろう……だが、ちょっと待ってほしい。そもそもナポリタンって日本のオリジナル料理なの?

歴史をひもとくと、その名の由来は諸説あった。最も古い文献は1694年。当時ナポリを統治していたスペイン総督府の給仕がトマトソースレシピを公開している。それまで南米原産の毒リンゴとまで言われていたトマトが、だんだんとパスタ料理に使用されることになり、1700年代のナポリで屋台メシとして浸透。やがてスパゲッティ・アッラ・ナポレターナやスパゲッティ・ナポリテーヌなどとして、欧州各地に広まることになる。

さぼうる 2の「ナポリタン(サラダ付き)」800円(税込)。1皿約600gという大ボリュームだ

日本の場合、1955年の国産スパゲッティ販売開始が大きな契機となった。この商品を広める目的でケチャップを混ぜて炒めるパスタ、つまり日本式ナポリタンの原型が大々的に紹介された。ちょうど同じ頃に、ジャズ喫茶や歌声喫茶が流行しており、目新しい料理としてメニューに取り入れられていったことが推測できる。 1955年といえば、東京・神保町にある老舗喫茶店「さぼうる」が誕生した年だ。

【東京】王道だからおいしい! 本の街で愛される続ける「さぼうる 2」の名物ナポリタン

東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄新宿線・三田線神保町駅A7出口前。ふたつ並んだ喫茶店

「味」を意味するスペイン語「SABOR(サボール)」が店名の由来。創業当時は1杯40円のコーヒーがメニューの中心だったという。本の街だけあって出版社勤務の常連が多く「徹夜明けに1杯飲みたい」といったリクエストから洋酒の販売も開始。

丸太やレンガなどを配した空間。両店舗ともに山小屋を彷彿とさせる

現在、サンドイッチやトーストといった軽食も揃うが、ナポリタンが名物となっているのは、お隣「さぼうる 2 (サボウル ツー)」の方である。

真っ赤なスパゲッティから立ち上る湯気が、視覚から食欲を刺激する。鼻孔をくすぐる炒めたケチャップ特有の香り。フォークを差し込み、くるくると回す感覚からして重量感があり、イタリアンレストランで出てくる小洒落たアルデンテのものとはまるで違う。

スパゲッティとマッシュルームの弾むような食感。ケチャップの酸味が一体感を生むなかで、ベーコンの旨みやオニオンの甘みが心地よいアクセントとなっている。赤く染まった口元を拭うことさえ忘れて、ひたすら食べ進め、完食。はち切れんばかりのお腹をさすりながら、食後のコーヒーを嗜む。これが喫茶店のナポリタン。やはり、日本人が愛してやまないオリジナルのソウルフードなのだ。

【大阪】西日本ではナポリタン=イタリアン!?「純喫茶アメリカン」で評判の昔懐かしい味わい

日本各地の喫茶店で定番メニューとなっているナポリタンだが、そのネーミングは全国共通ではない。少なくとも昭和の関西では、“イタリアンスパゲッティ”という呼び名の方が一般的だったようだ。ナポリタンという名前が主流になった後も、あえてメニュー名を変えずに提供を続ける喫茶店も多い。創業1946年、大阪・なんばを代表する老舗「純喫茶 アメリカン」もそのひとつだ。

ある男のグルメログ
「純喫茶 アメリカン」のイタリアンスパゲッティ   出典:ある男のグルメログさん

アメリカンで提供するイタリアンという名のナポリタン。一体どの地域の料理なのだろうか? ここまで、さんざん日本のソウルフードだと説明を続けてきたが、本当に日本の料理と言って良いのか、再び整理して考えよう。

まずケチャップ味がアメリカンであることは間違いない。1876年、アメリカ合衆国のH・J・ハインツが世界で初めて瓶詰めのケチャップを商品化し、国民的調味料として爆発的に普及させたのだ。戦後まもなく日本に派遣されたアメリカの進駐軍も、具なしのスパゲッティにケチャップをかけて食べていたという。

【横浜】具材や手作りトマトソースを加えて豪華に。ホテルニューグランド「ザ・カフェ」の麗しのナポリタン

ぴーたんたん
ホテルニューグランド「ザ・カフェ」のナポリタン   出典:ぴーたんたんさん

「それでは味気ない」と粗食に見かねたのが、神奈川・横浜にあるホテルニューグランドの料理長。ハム、ピーマン、マッシュルームを具材に、手作りトマトソースのスパゲッティを考案した。この料理が日本におけるナポリタンの原点になった、という説も根強い。

つまりはアメリカ風のケチャップ味であり、イタリアのナポリを彷彿とさせる料理でもあるが、日本発祥と言っても差し支えはなさそうだ。

【名古屋】でも独自の文化が形成。「喫茶 ユキ」では鉄板ナポリタンを開発

1961年、愛知・名古屋にある「喫茶 ユキ」でも独自のナポリタンが開発されていた。ケチャップを使用した味付けはそのままに、ゆっくりコーヒーを飲みつつ食べても冷めないようにと、器にアツアツの鉄板を使用。この料理は鉄板イタリアン、鉄板ナポリタン、鉄板スパゲティ、鉄板スパ、イタスパなどと名称を変えながら、名古屋全域に広がることになる。​具材に赤ウィンナーとグリーンピースをのせるのが定番。溶き卵も流し込まれており、食べ進める間に鉄板の熱で少しずつ火が通るという趣向だ。

おでんおかず
「喫茶ユキ」のナポリタン   出典:おでんおかずさん

結局のところ、ナポリタンがどこで生まれた料理なのか、明確な答えはない。そもそもナポリタンとは何なのか? 今まで身近に感じていた料理が、時代の潮流のなかで興隆した偉大な存在にも思えてくる。

頭をよぎったのは、一心不乱にフライパンのスパゲッティをかき混ぜる、全国各地の喫茶店のマスターたちの姿。ナポリタン文化の担い手たちに感謝の念を抱く。年季の入ったソファに腰掛けながらそんな妄想を繰り広げるのも、喫茶店で過ごす醍醐味なのではないだろうか。

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※記事公開日(2021年10月5日)の情報をもとに掲載しております。最新の情報はお店の方にご確認ください。

撮影:佐藤潮

文:佐藤潮、食べログマガジン編集部