【シェフインタビュー・運命の食材との出会い】

名料理には名食材あり。その食材と出会ったからこそ誕生した逸品がある。気鋭の料理人たちが心血を注いで探し、辿り着いた運命の食材とはどんなものなのか。その食材との出会いから、完成に至るまでの道のり、そして食材への想いについてを語ってもらう。

本店の味をそのままに。鶏そのものを作り上げる-「家全七福酒家」料理長袁 家寳(えん かぽ)さん

 

名物料理「金鶏の姿揚げ」の再現のため、鶏を育てるところから始める

広東料理の最高峰として、その名を世界に知られる「家全七福」(旧「福臨門」)。1989年に日本上陸以来、本場の伝統を守りながら、最高峰の味を供し続けている。

創業以来のモットーが、“伝統的な調理法により素材の味を最大限に引き出し、高める”ということ。その理念を体現している料理が、「金鶏の姿揚げ」である。濃いきつね色に揚がった熱々にかぶりつけば、パリパリの皮の下からじゅわっと美味しい脂が溶け出し、やわらかな肉からは肉汁があふれる。

 

「この料理を作るために、なくてはならないのが特別の鶏「龍崗鶏(ロンコンガイ)」。広州原産で、肉の風味がよく背中からお尻にかけて特に脂がのるんです。福臨門の日本上陸が決まったときから、社長は、鶏、探し始めました」と袁 家寳料理長は言う。袁氏は、1989年の日本支店オープンと同時に入店し、福臨門一筋に、本場広東料理の技術を学んだ精鋭だ。

 

オーナーの徐維均氏にとって、看板料理である「金鶏の姿揚げ」はなくてはならないメニュー。日本全国の養鶏場に足を運び、見合う鶏をと探し回ったが、お眼鏡にかなう鶏は見つけられなかった。ならばと、香港からつがいの龍崗鶏を運び、日本で飼育することを考えた。ここならまかせられると確信したのが、茨城県の「ジャフラ養鶏場」。そこは、フランス産のバルバリー鴨や鳩など、レストラン用の家禽の肥育には定評のある養鶏場だった。

以来、30年近く、代替わりしながらも、家全七福との付き合いを続けている。徐氏は今も、年何回か、ジャフラ養鶏場に足を運ぶというのだから、いかに食材と生産者を大切にしているかがわかる。頭が下がる姿勢である。

 

鶏の可能性を最大限に引き出すプロの技

 

ところで、なぜこれだけパリパリに揚げられるのか、その秘儀を、袁料理長に聞いた。

「揚げるといってもこれは、高温の油を100回以上かけ続けるという特別の調理法によって初めて実現できる味なんです」という。単純に、揚げ油の中に沈めるだけではないのだ。さすが、中国料理は奥が深いと感心したが、実はこの手法は、広東料理固有の手法ではなく、家全七福で編み出したものだと教えてくれた。

 

 

「鶏の丸揚げは、中国では結婚式やお祝い事には欠かせない伝統的な料理で、大きな宴席では各卓に丸鶏の揚物が並びます。しかし、こうした場合は、大きな鍋で次々揚げるため、肉がパサついてしまうんです。どうにかもっと美味しくできないものかと、先代の社長が試行錯誤をしてたどり着いたのが、この、高温の油をかけながら揚げる方法でした」と袁料理長。

作り方は、塩と五香粉を混ぜたものを丸鶏の皮と内側に擦り込み、一晩吊るしてよく味をなじませ、翌日、熱湯をかけて余分な塩を流す。さらに紹興酒、水飴、酢などを混ぜたたれをかけ、いったん素揚げし、背中や尻尾の余分な脂を取り除く。その後、手で持ちながら、ぬるめの温度の油から始めて、次第に温度を上げながら100回以上かけ続けて仕上げる。大変に手のかかる料理なのだ。

 

適した鶏がいなければ作り出してしまうという、美味しいものへのあくなき欲望と探求心

 

なぜ、油の中に入れて揚げずに、わざわざ油をかけて揚げるのですか?と聞くと、「高温で揚げれば、中に火が入るまでに外が焦げてしまうし、弱火で揚げれば、旨みが出てしまう。ところが、油をかけながら揚げれば、肉はほどよく柔らかく、充分に肉汁を保ったまま、皮をパリッとさせることができるのです」と袁さん。

煮えたぎった油の大鍋の上に鶏をかざしながらお玉で油をすくってかける。これは重労働だ。しかも、鍋の油の温度を高くしたり低くしたり、微妙に火加減を調節しながら。その日の状態により、火の入り具合を見極めながらの仕事は、まさに、経験がものを言う、熟練の職人技。多いときで、1日30羽揚げるという人気料理。鶏の入荷が限られているので、食べようと思えば、必ず予約が必要だ。

「揚げていても鶏の香りがいいんですよ。それがほかの鶏と一番違うところです。育て方による違いが大きいんだと思います。飼料はとうもろこしなど、自然素材をブレンドしたもの。放し飼いにして存分に地面を歩かせることで筋肉がしっかりして、肉の旨みも濃くなり、脂もきれいになる。ストレスを感じないから病気にもなりにくいんでしょう」と袁さん。

骨ごとタンタンタン!と勢いよく切り分けて、皿に盛りつけたさまも美しい。

「部位ごとに味が違うので、それを楽しんでほしいですね。一番おいしいとこ、教えましょうか」と、いたずらっぽく笑う。

 

どこですか?と聞けば、手羽のつけねのあたりを指して、「首の中にすり込んだ塩が、脂をかけることによって外へ流れ出して、このあたりがいちばん味が濃くなるんです」と。しっかりと味がなじんで、得も言われぬ美味しさだ。

 

調理法に適した鶏がいなければ作り出してしまうという、中国人の美味しいものへのあくなき欲望と探求心、さすが世界三大料理の一つというだけのことはある。そして、職人に徹した料理長の、素材への敬意、数をこなすことによるゆるぎのない技術。これらがあわさって「金鶏の姿揚げ」は愛され続けている。一人の天才が作り出す一皿では決してなく、大看板に恥じぬ究極の名物料理の正しい在り方を見る思いだ。

 

この料理の存在を知らなければ、つい北京ダックを頼んでしまいがちだが、家全七福を訪れたなら、ぜひ、「金鶏の姿揚げ」を頼んでみてほしい。

 

 

袁 家寳(えん かぽ)料理長プロフィール

1974年香港生れ。15歳のときに一家で日本に移住し、16歳で「福臨門」に入店。香港店の名料理長・呉 錦洪氏に師事。本店に赴き、伝統的な広東料理の基礎を学ぶ。2007年総料理長に就任。日本の2店舗を統括しながら、広東料理の発展に努める。袁一家は代々料理人の家系。家庭では一男一女の父。