【森脇慶子のココに注目 第33回】「八雲 うえず」
ここ数年、寿司と並んで高騰化が続いた和食店。コース2万、3万は当たり前。5万円を超すお店もままあり、一般的な日本人にとって、和食はすっかり縁遠いものに……と感じつつあった昨今、そうした風潮に一石を投じるかのような期待の一軒がオープンした。今年2月、東京・都立大学に人知れず店を構えた「うえず」がそれだ。
ご主人の上江洲直樹さんは、あのミシュランの三つ星和食店「菊乃井」の出身。赤坂店のオープンと同時に門を叩き、以来16年間、みっちりと研鑽を積み、修業の後半は料理長まで務めた実力を持つ。その腕のほどを、この店では遺憾無く発揮。一流料亭の味の片鱗を、コース14,500円(税・サービス料込み)で味わえるとあらば、ちょっと耳寄りな話では!?
「『菊乃井』の大将(村田吉弘氏)からは、適正価格でやるように、と散々言われていましたので(笑)。和食が高くなりすぎて、日本人が和食離れしていくのを危惧されていましたね」。そう語る上江洲さん自身も、和食をもっと身近に感じてもらいたいと常々考えていたそうだ。
が、値段はお手頃でも、食材に妥協はない。小田原は早川港から直送される魚介類に、筍や賀茂茄子は京都からと、できる範囲で最上なものを取り揃えている。
全部で8〜9品から成るコース料理の中でも、出色はお椀。ある意味「菊乃井」のDNAを引き継いでいると言ってもいいだろう。蓋をそっと開けたときの、その凛とした風景に、まず、得心する。お椀の主役を張る椀種の甘鯛は、たっぷりとした存在感を示し、名残りの筍を椀妻にあしらったそれは、見ための派手さこそ無いものの、どこかしら泰然として“和食の華”ともいうべき風格さえ感じさせる。
そして、それは見かけばかりではない。だしもまた秀逸。鼻先を擽る馥郁とした香り、淡麗ながら味蕾の奥底にまで沁み通る余韻の深さはさすがだろう。それも、味の要である昆布は修業先の「菊乃井」と同じ「奥井海生堂」の2年ものの蔵囲利尻昆布を使っていると聞けば、納得。
「椀種50gに対してだしが150ml。これが、椀ものの黄金律。このバランスを常に念頭におきながら作っています」と上江洲さん。従来は、和食のメインとして出されていた〈煮物椀〉の有り様を彷彿とさせる佳品と言えよう。
一方、真っ当な京料理を受け継ぎつつも、ゲストをあっと唸らせる遊び心も忘れてはいない。例えば先付の茶碗蒸し。とろりとしたふきのとう餡の苦味ととろみが卵生地のフルフル感と絡み合うバランスも絶妙なら、それを支えるだしの深みがまたいい仕事をしているのだ。
聞けば、すっぽんスープがベースだそうで、具にフカヒレを入れてゼラチン質のとろみと食感をプラス。意外性のある味を楽しませてくれる。思えば「菊乃井」では、すっぽんスープをベースにしたフカヒレの小鍋立てがコースの強肴で登場。それを、上江洲さん風に茶碗蒸しに仕立て直した一品というわけだ。
この後、花鯛の小袖寿司や枝豆、サザエと鯛の酒盗和えなど旬の味覚をさりげなくあしらった八寸にお椀、新鮮なお造りが出て、焼き魚に肉料理が登場。そして締めは、写真のすっぽんの炊き込みご飯というように月替わりの釜炊きご飯で大団円。デザートの自家製わらび餅をいただく頃には、お腹も心も満たされているに違いない。
早くも地元のリピート客が多いというのも頷ける。今までは、1日1組と狭き門だったが、7月からは1日2組にする予定とか。少しは予約が取りやすくなりそうだ。
また、テイクアウトの棒寿司もおすすめの逸品。肉厚の穴子をやわやわに仕上げた穴子寿司と鮮度の良さがものをいう〆め加減が絶妙な鯖寿司の2種(各税込2,700円、3日前までに要予約)。
そして、コースの〆めのすっぽんの炊き込みご飯のテイクアウトもOK。手土産にも喜ばれそうだ。