フードライター・森脇慶子が注目の店として訪れたのは、「鮨 まつうら」。財布に優しい価格設定でありながら質の高い寿司が味わえると評判を集め、オープン1年にして予約客が後を立たない人気店となったこの店の魅力に迫る。
【森脇慶子のココに注目 第29回】「鮨 まつうら」
ここ数年続く全国的な寿司ブーム。それも、予算3〜4万円の高級店もザラというバブリーぶりには圧倒されるばかり。すっかり高嶺の花となってしまった感のある江戸前寿司だが、最近、1万円台のコースでも、リーズナブルかつクオリティの高い寿司を楽しませてくれる店が少しずつ増えてきている。オープンしてちょうど1年を迎えたばかりの白金「鮨 まつうら」もそのひとつ。コース15,000円(税抜)で満足のいくつまみと握りを味わえる。
場所は辺境中華の「蓮香」、モダンフレンチの「アルゴリズム」、そして「やきとり 陽火(はるか)」などなど話題のレストランが立ち並ぶ白金北里通り商店会界隈。バス通りから一歩入った往来に静かな佇まいを見せている。こぢんまりとした店内は、すっきりとして清楚な趣。扉を開ければ、ご主人松浦修さんの屈託の無い笑顔が出迎えてくれる。
愛媛出身の松浦さんは38歳。高校を卒業後、神奈川の水産会社に入るも20歳で寿司屋に転身。曰く「僕、魚を下ろすのが大好きなんです。水産会社で、日々魚に触れているうち(魚を下ろすことに)すっかりハマってしまって(笑)。同じように魚を下ろすことが仕事の寿司屋になりたいなぁと」思ったのが、寿司職人を目指したきっかけだったとか。
千葉の大衆寿司店で基礎を積み、西麻布や銀座の高級店でも腕を磨いた松浦さん。ハワイで寿司を握った経験もあるそうで、魚食文化が日本ほど盛んではない彼の地では、仕入れなど様々なハプニングに見舞われることもしばしば。「おかげで、かなり臨機応変に対処できるようになりましたね」。そうあっけらかんと語る。
手渡しで出されるマグロの脳天の巻物で始まるコースは、つまみが5〜6品と握り10貫という構成。取材当日の内容は以下の通りだ。蒸しアワビ、ブリのお刺身、カマスの炙り、生牡蠣ポン酢、あん肝巻きにメヒカリの焼き物とつまみが続いた後、握りにバトンタッチ。
この日は、鰺、ノドグロ、白いか、コハダにサンマと青魚が登場。天草の天然車海老でリセットして旬の新イクラ、そしてマグロのトロ、赤身、ウニ、アナゴとフィニッシュに向けてボディのあるネタがクライマックスを飾る。締めの卵焼きを近頃では珍しいだし巻きにしているのも、どこかこの店らしい気取りのなさを感じさせる。
アワビやウニ、ノドグロに天然車海老など高級食材や貴重な寿司だねを要所要所にちりばめつつ、夏から秋にかけてのマグロは、無理に国産を使わず質の良いボストンのマグロを使ったり、ロスをなくすためあん肝はペースト状にして奈良漬けやカンピョウと共に巻物にして出す等々の一工夫が、値段を抑えつつもクオリティを保つ秘訣の一つだろう。
加えて「仕込みも全て1人でやっています」という松浦さんの努力も見逃せない。先のあん肝の巻物には新政の貴醸酒をペアリングしたり、脂ののったノドグロや軍艦巻きにしがちな新イクラは小丼で出すといった変化球も楽しい。
一方で、江戸前寿司の真打ちコハダは、強めに塩をしつつも酢は軽めに抑え、4日間寝かすことで、口当たりはソフトながらきっちりとした江戸前の仕事を感じさせる出来栄えとなっている。身が締まりすぎることなく、コハダならではの香りが後を引く。秋田のコシヒカリとあきたこまちをブレンド、赤酢のみで仕上げた酢飯との相性も上々だ。
そして何より魅力的なのは、ご主人松浦さんの気さくでそつのない応対。決してでしゃばることなく、それでいて分からないことや要望には快く応じてくれる。ここなら、寿司初心者でも臆することなく暖簾をくぐれるはず!