ミシュラン二ツ星中華料理店が三田から紀尾井町へ

2005年に東京・三田で誕生した中華料理店「御田町 桃の木」が、東京ガーデンテラス紀尾井町・紀尾井テラスに「赤坂 桃の木」として今年3月に移転オープン。15年間、数々の商業施設からの誘いなどもお断りしていたそうだが、満を持して山が動いた。

春には店内からの花見も楽しめる。

ミシュラン二ツ星を獲得、保持してきた名店が選んだ場所は、東京の中心部とは思えないほどの緑に囲まれた新たなロケーション。天井まである大きな窓からその景観を広く眺めることができ、東京メトロ・赤坂見附駅、永田町駅からのアクセスも至便。

店主の小林武志シェフ

「まじめに丁寧に、きちんとおいしいものを作り続ければ、いつか自然にその味わいや奥深さがお客さまに伝わる」。そのような思いで「桃の木」を続けてきた店主・小林武志シェフは、奇をてらわぬ素材を活かしたシンプルな料理で、多くのファンを魅了してきた。これまで基本を大切に、中華の範疇を超えないようにと腕を揮ってきたが、今回の移転を機に、少し新しいことにもチャレンジしたいという。

新たな試みをしていくといっても、目指す料理のあり方や方向性は変わらず、素材本来のおいしさがまっすぐに伝わる料理は変わらない。コースの値段を変えたり、スタッフを多くしたりなどもせず、「三田でやっていた基本はそのままに」と小林シェフは話す。席数も小規模だった三田時代からほぼ変わらぬ22席で、ゆったりと食事を楽しめるお客さんの心地よさを求めた空間に生まれ変わっている。

「これから」と「これまで」のスペシャリテ

目指す料理のあり方や方向性は、これまでと変わらず王道の味をわかりやすく表現していくが、これからはより一層進化させていくという「赤坂 桃の木」。わかりやすいのが、新たに加わったスペシャリテ「ゴルゴンゾーラの水餃子」だろう。

「ゴルゴンゾーラの水餃子」。海老餡にゴルゴンゾーラを混ぜ、ほうれん草の青よせを練りこんだ緑の皮で包んだ餃子。

アイデアとしては10年以上前からあったという「ゴルゴンゾーラの水餃子」。伝統に則った中華料理を供するのを心掛けていた三田のお店では、趣の違いから提供を控えていたが、たまにお客さんに出してみると好評だったという一品。たしかに、チーズと小麦粉と考えればパスタのようで、中華からの進化系と言えるだろう。

餡には豚の脂身も混ぜることで、海老の甘さに豚の甘みも加わり、滑らかさとプルンとした弾力のよさを生んでいる。皮も強力粉を使用し、もちもち感が楽しめるようにして、定番の水餃子のイメージからアレンジ。ゴルゴンゾーラの香りも十分なところに、さらにトリュフオイルをつかって華やかな香りに仕上げるなど、小林シェフの攻めの姿勢を感じるスペシャリテだ。

「黒酢の酢豚」。パイナップルや野菜などもないシンプルな酢豚は、黒酢のソースと素材の味でストレートに勝負。

新作の一方で、三田時代からファンの多いスペシャリテ「黒酢の酢豚」も用意。本来は、衣で揚げるスタイルの酢豚だが、油を吸って重くならないようにサッと素揚げして作る表面のカリッとした食感が面白い。

ナイフの入りもいい柔らかさなのに噛み応えもあり、顎の動きとともにひと噛みごと脳にまで豚肉のおいしさを伝えてくれる。

香りを大切にしているのがわかる卓越した料理

スペシャリテしかり、「桃の木」の料理は得も言われぬ香りや食感、そして艶やかな色合いに満ちている。それは、小林シェフの掲げる中華料理には「香りが一番、色合い二番、味は三番」という信条があるからだろう。コースの定番料理にもそれはよく表現されている。

「よだれ鶏」。がっつり混ぜて、鶏自体もよだれを垂らしているような見た目にして食べるとおいしさ増幅!

2005年のオープンから提供している「よだれ鶏」。よだれ鶏は主に、醤油ベースのタレを使用した上海式と、芝麻醤ベースのタレを使用した四川式が知られているが、同店では、たくさんのラー油の下に醤油ダレ、そこに鶏が浸かるという上海で生まれたスタイルで提供。麻辣ソースにカラメルを足すことで、甘さのなかにホロ苦さも加わり、色合いも黒く仕上がるので見るからに濃厚そうな味の印象が伝わってくる。

「揚げ茄子の唐辛子炒め」。うっすらと衣をまぶすことで、油を吸わせないように茄子を揚げる卓越した技がうかがえる料理。

「揚げ茄子の唐辛子炒め」は表面をカリッと揚げた茄子が、一緒に炒めた大量の唐辛子の中に隠れてまるで宝探しのよう。深いお皿に熱々の状態で出てくると、上昇する気流により風味が立ち上り、鼻から辛さを感じられる一品。実食すると、見た目ほど辛さも強すぎず香りが立っていることに気づく。辛さが好きな人であれば、唐辛子を口にしながらサクサクの茄子を楽しむことができる。

これらの料理を含めたコースは15,000円から

前菜で4皿6品くらいあり、揚げ茄子の唐辛子炒め、黒酢の酢豚、パパイヤの蒸しスープ、魚料理、炒飯、季節のデザート、ときて12品くらいが夜のコースのベースとなる。だが、ここにゴルゴンゾーラの水餃子を入れたり、小ポーションのお皿で二十数品の構成になるなど、利用客の要望次第で如何様にも対応してくれるのが「桃の木」。

「お客さんに相談してもらったほうが考えなくていいでしょ(笑)」と、小林シェフは話してくれるが、店と利用客がお互いにこうしよう、ああしようと同じ方向においしさを求めあって昇華していくのが理想とのことだ。

特別にワインと合わせるようと作っているわけではないそうだが、ペアリングを希望する利用客も多く、自然と充実したワインの品揃えになっているのもこのお店の特徴。料理を丁寧にちゃんと作っていれば、「おいしい×おいしい」なのだから、きちんと選んだワインと合わないわけがないとの自負が表れている。

タイミングが揃った新たな船出

今回の紀尾井町への移転についても、誘いがあるたび常連客に相談をすると「桃の木さんらしくないから」と止められていたのが、「紀尾井町テラスならいいのでは」とプラスの意見が多かったことも、新たな地に店舗を構えるきっかけだったとか。キッチンも以前の6倍ほどになったこともあり、広さを活かして若手スタッフにさまざまなチャレンジも促すなど、後進の育成にも今後は力を入れていくという。

何かの巡りあわせだったのか、新しい挑戦へのよきタイミングとなった新生「赤坂 桃の木」。すでに評価も高い精緻な料理を作ることで知られる店がどう変化していくか、追いかけてみるのも面白そうだ。

※価格はすべて税抜、サービス料別

※要予約

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は、感染症対策の実施と人混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2020年3月末)時点の情報をもとに作成しております。

取材・文:舘野頼正

撮影:横山勝彦