【森脇慶子の新店開拓】東京チャイニーズの多様化に迫る!
大皿中華からデート仕様のヌーベルシノワ、カウンター中華へとめまぐるしく進化してきた東京チャイニーズ。最近では、少数民族や地方料理に特化する若手料理人もいれば、和中折衷を謳う店などますます多様化。しのぎを削っている。
中華料理界に殴り込む注目の一軒
一段と面白くなってきた中華料理界に、この4月、また注目の一軒が誕生した。西麻布にオープンした中国割烹「龍眉虎ノ尾」が、それだ。
仕掛け人は、「紅虎餃子房」や「胡同四合坊」など中華料理店を始め、多彩なレストランをてがけ、数々のムーブメントを起こしてきた時代の風雲児、際コーポレーション会長の中島武氏。
「広東料理の大鴻運天天酒楼、北京料理の陸春坊日月飯荘といったネイティヴな中華料理店を出発点として商業施設のチェーン店まで、たくさんの飲食店を立ち上げてきました。
でも、ここにきて、今一度、アッパーな料理店を見直すべきだと考えたのです。それがチェーン店の底上げにも繋がりますから。そこで、思いついたのが『龍眉虎ノ尾』です」
四季を感じる中華料理
「日本の四季を生かした中華料理を表現したい――これが、この店のテーマです。日本ほど旬の食材に恵まれている国もない。そんな日本の上質な食材を使って本物の中国料理を作る。考えてみれば、日本の食文化のルーツは中国。ならば、この発想に無理は無いと思うんです。
それに、うちには中国人コックもいっぱいいますし、系列店の和食やイタリアンの店には、全国から選りすぐりの食材が届いていますからね。これを見逃す手はないでしょう」
「近頃は、僕自身、しみじみした中国料理が気持ちにフィットするせいか、毎日でも食べられる飽きのこない料理がいいと思うようになってきましたね。冬瓜をしじみの出汁で煮含めたような、そういった料理を交えながらコースを構成しています」
こう語る中島さんの言葉からは、中国料理への愛着と日本人としての自負が伝わってくる。そう。ある意味、この「龍眉虎ノ尾」は中島氏の集大成と言えるのかもしれない。
新中華の開発拠点ラボ
一方、ラボ的一面も兼ね備えているのも事実。というのも、際系列のトップシェフたちが、四季折々、交代で同店の厨房に立つというユニークシステムだからだ。
「料理人のモチベーションを上げると同時に、刺激を与えるため」と中島氏。料理人が替われば、料理もかなり変わってしまうのでは?との懸念は無用。
店のメニューは、基本的に中島氏が考えているので、シェフが替わっても料理自体はそれほど大差はないとのこと。とはいえそこは人の手。それぞれに個性ある料理人のことだから、味わいもまた、多少なりと変わってくるのは必至。そこを踏まえて、四季折々に訪ねるのも一興だろう。
“割烹”と銘打つ通り、白地の暖簾がかかる店構えといい、まっさらな白木のカウンターも清々しい店内の設備といい、一見してその趣は和食店さながら。
それでいて、ところどころに置かれた中国趣味の椅子や木彫りの衝立などがどこかシノワズリーな色を添え、一種独特のエキゾチシズムを醸し出している。
圧巻の本格派の中国料理フルコース
料理も同様。「十二歳月譜」と記された献立表に書き連ねられた16品は、いずれも本格派の中国料理。広東仕立ての蒸しスープもあれば、羊肉餅や酸菜魚粉絲といった北京〜東北菜、そして四川名物麻辣鍋等々中国各地方の銘菜が、コースの中に巧みに散りばめられている。
一方、厳選した国産の食材で日本の歳時記を表現しようとするコースの流れや盛り付け、器使いは、さりげなく懐石料理の様相を呈している。たとえば、ある日の献立は、次の通りだ。
壱 涼雲丹玉米羹(もろこし雲丹すり流し)
弍 甲魚薬膳湯(天然スッポンの薬膳蒸しスープ)
参 麻辣岩牡蠣(牡蠣の麻辣漬け)
四 羊肉餅(羊肉のシャーピン)
伍 腐乳鯛(腐乳に漬け込んだ鯛刺身)
八寸
六 鮎春巻(鮎の春巻)
七 麻豆腐(老北京緑豆とささげ)
八 栄螺(サザエの香味和え)
九 土豆山椒(じゃがいも山椒和え)
拾 醬鰹魚(鰹のタルタル)
拾壱 冬瓜鮑魚( 冬瓜と鮑)
拾弐 酸菜魚粉絲(発酵白菜と黒ムツ、板春雨の煮込み)
拾参 龍眉虎ノ尾麻辣鍋(山形牛と羊肉)
拾四 青豆砂鍋飯(青豆の土鍋ごはん)
拾伍 北京甜点心( 豆沙餅 あずきの北京おやき)
拾六 涼三羹(三味烏龍茶ゼリー)
壱のもろこし雲丹すり流しは先付け、続く蒸しスープはお椀がわり。生で供する岩牡蠣と鯛は、さしずめ向付といったところだろうか。とはいえ、味つけは麻辣ソースに腐乳と、中華の味にきちんと着地させているあたりはさすが。なかなかに楽しませてくれる。
また、鮎の春巻から鰹のタルタルまでは文字通りの八寸。少量ずつを小皿に盛り、折敷に載せて登場する演出も興をそそられる。
そして、料理の掉尾を飾る“龍眉虎ノ尾麻辣鍋”。これは、いわば強肴的立ち位置だ。まさに日本料理を味わうスタンスで、ネイティヴな中国料理を頂く……。いわゆる和中折衷とはひと味違うこの不思議な感覚も、この店に惹かれる要因の一つかもしれない。
これらの料理が次々と仕上げられていく一部始終を、カウンター越しに目の当たりにできる臨場感もまた、割烹スタイルなればこそ。ボワっと炎の上がる瞬間、カシャカシャと鍋を操るリズミカルな音、立ち昇る煙や香りなどなど。五感を刺激するシズル感もご馳走の1つだ。
「お客様の反応をストレートに感じられるのがカウンター席の楽しさ。辛さや味付け、量の調整なども、様子を見ながら自在にできますしね」とは、船倉卓磨料理長。赤坂「月居」の料理長で、オープンからこの店の厨房を任せられている。
共に鍋を振るのは、中国東北地方遼寧出身の賈英海さん。中国語と日本語がとびかい、2人が阿吽の呼吸で料理を作る様子も見ていて痛快だ。広東料理を長く経験してきた船倉料理長だけに、十八番は蒸しスープ。
ご覧の“天然スッポンの薬膳蒸しスープ”も、老鶏でとる清湯をべースに、1kg級の長崎産天然スッポンや漢方の当帰を加え、約二時間じっくり蒸しあげた逸品。旬の冬瓜は共に入れると煮崩れるゆえ、清湯で別に煮た後、最後に合わせる手のかけようだ。
蓋を開けた途端、あたり一面に立ち込める豊かな香りには、思わず深呼吸してしまうほど。口にすればしみじみと滋味深く、スッポンの旨味がじんわりと味蕾に染み通っていく。身体の内側から癒やされそうな美味しさだ。
対して“黒ムツの発酵白菜煮込み”は賈さんの担当。故郷東北地方のポピュラーな郷土料理の1つで、本来は羊肉で作るところを魚にアレンジ。
自家製発酵白菜の熟れた酸味が魚のアラでとったスープによりコクを与え、仕上げにかける青唐辛子と青山椒の風味が旨味を助長する。緑豆で作る自家製板春雨のつるりとした食感がいいアクセントとなっている。
だが、圧巻はやはりこれ。スペシャリテの“龍眉虎ノ尾麻辣鍋”だろう。鍋の表面を真っ赤に染める唐辛子は3種。辛さはマイルドながら風味の良い朝天唐辛子、キレのある辛さの小米辣と鷹の爪で、これら3種を使い合わせることでグラデーションのある辛味を表現。
そこに豆板醤と自家製麻辣醬を加えて辛味の幅を広げ、旨味の骨格をつけている。そして、花椒の一種麻薬的な香りと痺れ感、鮮烈な唐辛子の辛味を受け止めるスープは毛湯。老鶏ととりガラ、豚骨をねぎや生姜と共に4~5時間煮込んだボディのある味わいが特徴だ。
和牛ならではの脂の甘みがスープを纏って一段と旨味を増す山形牛サーロイン。羊肉は、その独特の風味が唐辛子の辛さと拮抗する。気がつけば、額に汗する自分に気がつくはずだ。
緩急自在なコースの締めは青豆ごはん。辛い鍋の後には格好の、シンプルでほっとするおいしさだ。
これだけ楽しんで、コースのお値段は15,000円(税別)。しかも、基本、1日1組(先約のお客様と同時スタートが可能なら2組目も可)。ワインを片手にカスタマイズな時間を楽しめそうだ。
写真:片桐 圭