国産豚の炭火焼や本格パスタで満腹になる5,000円のコース

都営地下鉄・御成門駅から徒歩5分、JR新橋駅から徒歩9分の場所にある「QUATTRO MANI 82」。全18席の小さなイタリア料理店でふるまわれるのは、紀州備長炭で丁寧に焼かれた肉料理や、イタリアで学んだシェフによる本格パスタの数々だ。アラカルトで自由に楽しむのもいいが、今回は店の魅力をギュッと詰め込んだ5,000円のコースを紹介する。

シェフとソムリエの2人で紡ぐ、確固たる世界観

店名の“QUATTRO MANI”は“4つの手”を意味するイタリア語。ソムリエとシェフの4つの手から、繋がりを築いて輪を広げていく。

新橋五丁目、日比谷通りから一本入った静かな路地に佇む、小さなイタリア料理店「QUATTRO MANI 82」。窓からもれる灯りが道行く人の目を引き、店内は笑い声が絶えることがない。2019年10月27日にオープンしたばかりだが、すでに予約が取れない日もあるほど。店を訪れているのはイタリアを愛し、ワインを愛する人々だ。

木製のテーブルやチェアが置かれた店内は、カジュアルでありながらクラシカルな印象も与える。

店に入ると、木の温もりを感じさせるテーブルと椅子が並んでいる。壁に飾られているのは、シェフがイタリアでの修行中に撮影してきた写真。友人宅に招かれたような雰囲気ながら、その細部にセンスのよさが滲んでいる。隣のテーブルとの間隔も広く、まわりを気にすることなくプライベートな会話も楽しめる空間が心地よい。

オーナー兼ソムリエの富松範臣さんと、グランドシェフの鈴木慎平さん。共に1982年生まれ。

店を切り盛りするのは、オーナーソムリエの富松範臣さんとグランドシェフの鈴木慎平さん。たった2人ですべてをまかなっている。富松さんは西麻布の鉄板焼き店などを営んでいたやり手の経営者。その明朗快活な人柄にファンも多く、当然ながらワインの知識は豊富。グランドシェフの鈴木慎平さんは27歳でイタリアに渡り、トスカーナ州の海辺の町・カスティリオンチェッロや、農産物の宝庫と謳われるエミリアロマーニャ州のレッジョ・エミリアなどで3年の経験を積んだ。そのなかにはミシュランの一つ星店「カマティルデ」や、ビブグルマンを獲得した「リストランテ オリビエロ」などが含まれる。

共に1982年生まれのこの2人がタッグを組んだのが「QUATTRO MANI 82」である。

シェフの技が光る先付けに、ヘルシーな前菜盛り合わせ

5,000円のコースから「先付け」と「前菜盛り合わせ」。

今回紹介するのは5,000円のコース(前日までに要予約)。この日の「先付け」は、「揚げポレンタ」と「ゼッポリーニ」。「揚げポレンタ」は、トウモロコシの粉を湯に入れ、パルミジャーノ・レッジャーノとペコリーノチーズ、少量のバターを合わせて練り上げ、冷やし固めてセモリナ粉をふって揚げたもの。「ゼッポリーニ」はピザ生地に青のりを練り込んで揚げたパン。“粉もの”は、鈴木シェフの得意メニューのひとつ。シンプルなレシピだからこそ、腕が光る。

 

「前菜盛り合わせ」は、季節の野菜や魚を使った料理を8品ほど楽しめる。「ワカサギのカルピオーネ」「アスパラのビスマルク風」「マグロのコンフィと赤タマネギと白いんげん豆のサラダ」など手のこんだ料理ばかり。同店では、長野県上伊那郡の大島農園から届く有機野菜を使用しており、大自然のなかで育った野菜は風味の濃さが違う。

グラスワイン「Roccamena Primitivo 2015」1,000円。ボトルは3,000円から。

ワインはイタリアを中心に幅広く揃う。「ありきたりなものは置かず、土着品種のマニアックなものをセレクトしている」とオーナーソムリエの富松さん。グラスはスプマンテ1種、赤ワイン2種、白ワイン2種があり、ボトルワインは150本ほど用意している。

例えば「先付け」にはスプマンテやシャンパーニュが、「前菜盛り合わせ」には辛口のスッキリした白ワインがよく合うが、もちろんそれだけが正解ではない。富松さんと相談しながら、新しい組み合わせを探すのも楽しい。

一晩寝かせたスープと、イタリア思い出のパスタ

「天城軍鶏の出汁を使った有機野菜のミネストローネ」。軍鶏の奥深い出汁に、野菜のうまみが加わる。

本日のスープは「天城軍鶏の出汁を使った有機野菜のミネストローネ」。タマネギ、ポロネギ、チリメンキャベツ、ビーツ、チェリートマト、ニンジン、セロリ、ジャガイモ、キノコなど15種ほどの具材が入った野菜たっぷりの仕上がりだ。具材を細かく切っているのはそれぞれの風味をスープに溶け出しやすくするため。完成したミネストローネを一晩寝かせることで、味わいがさらに増していく。提供する直前にスキレット鍋ごと火にかけ、最後にパルミジャーノ・レッジャーノとオリーブオイルを加える。幾重にも重なるうまみのハーモニーは格別だ。

魚介を贅沢に使ったラグーソースが絶品の「エルバーナ」。

このコースのうれしい点は、3種類のパスタのなかから好みの品を選べること。この日にチョイスしたのは「エルバーナ」。じっくり炒めた香味野菜をベースに、アサリ、ムール貝、タコ、イカを細かく切り、トマト、赤ワイン、貝の出汁、そしてニンニクとトウガラシを加えて3時間ほど煮詰めている。トスカーナ州にある海辺の町のリストランテでも供されていた一品で、鈴木シェフにとって思い出の味でもある。

濃厚な貝の香りと、極限まで凝縮されたうまみ……。はじめてこの味に出会ったとき「あまりにもおいしく感動した」と鈴木シェフは振り返る。

備長炭でじっくりと火入れした国産豚のおいしさに感動

コースのメインは「国産豚の炭火焼」。備長炭で約20分かけてじっくり焼き上げる。

メインは「国産豚の炭火焼」。備長炭を使って焼くときのポイントは「近火の強火」。温度を下げず、かつ煙や炎が上がらないよう炭を巧みにコントロールしていく。炭から遠ざけて休ませ、また近づけて火を入れ、約20分かけて肉汁を閉じ込めていく。

マルドンの塩、そしてシェフが自分の手で粗くつぶした香りの高い黒胡椒をふる。皿に添えられているのはフランス産のディジョンマスタードと、隠し味にたまり醤油を使ったタスマニア産の粒マスタードだ。

上質な肉は、塩と胡椒のみで十分に美味。味の変化が欲しいときに、マスタードをつけていただく。

表面は香ばしく、なかはしっとりジューシーな焼き上がり。国産ブランド豚の脂に上品な甘味があり、噛むたびに奥深い風味が口いっぱいに広がっていく。決してしつこくはないが、ほどよい余韻を残すのが特徴だ。軽い飲み口の赤ワイン、ロゼワイン、そして樽香の利いた白ワインと合わせてもマッチする。

クラシカルなドルチェでコースを〆る

エスプレッソの苦味が利いた「ティラミス」。シンプルな品こそシェフの腕が光る。

この日のドルチェはクラシカルな「ティラミス」。エスプレッソをしっかりしみ込ませた苦味のあるスポンジを敷き、マスカルポーネに卵を混ぜて作ったシンプルなクリームのせている。ココアパウダーとクランブルを贅沢にふりかけてあり、食感のおもしろさが際立つ。デザートのクオリティはディナーの満足度に直結するが、こちらも申し分ない。

 

すべての料理をひとりで作る鈴木シェフが行きついたのが「仕込みには時間をかけ、シンプルな味つけで提供する」というスタイル。

気をつけているのはコースを通してのバランスだ。野菜、魚、肉を、偏りなく楽しめるようにしているため、食べ疲れることがない。女性を中心にファンが多いのは、このさり気ない心遣いが影響しているのだろう。

週替わりのランチから「ジャガイモとインゲンのジェノベーゼ」。アルデンテのパスタはもちもちの食感で噛み応えもある。

今回ご紹介したのはディナータイムのコース料理だが、ランチタイムもコストパフォーマンスが高くオススメ。3種のパスタから好きな品を選べ、サラダ、自家製スキャッチャータ、ドリンクがついて1,200円。

例えば「ジャガイモとインゲンのジェノベーゼ」は、バジルだけでなくミントを加えることで爽快感をだし、ペコリーノチーズとパルミジャーノ・レッジャーノでコクをプラスしている。アルデンテのゆで加減がすばらしく、ランチでこの完成度のパスタが食べられるのかとうれしくなる。

シェフとの会話を楽しめるカウンター席なら、ひとりでも気軽に来られる。アラカルトメニューも豊富。

オープンからそれほど経っていないのに、これほど軸がしっかりしている店も珍しい。実は富松さんと鈴木さんは、日本代表選手を数多く輩出するサッカーの名門高校「静岡学園」のサッカー部で出会った仲。2人の阿吽の呼吸から生まれる、飾らず自然体な空気感に店全体が包まれているのだ。

料理やワインのレベルは愚直に追求しながらも、気心知れた友人の家を訪れたような気分で食事を楽しめる。「こんな店があったらいいな」を叶えてくれる場所だ。

 

※価格はすべて税抜

 

取材・文:梶野佐智⼦(grooo)
撮影:松村宇洋