〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

若き才能を応援するインキュベーション型レストラン

外観

東京・神保町の路地裏に、白いコンクリート地に植物が印象的にあしらわれた建物がある。中をのぞいて見えるコの字形カウンターもおしゃれ。「気になる人が多いようで、仕込み中にも『入れますか』とよく尋ねられます」とシェフの早川歌輪さん。ここは若き才能を応援するインキュベーション型レストラン。2年ごとに店が入れ替わり、3年目から巣立っていく仕組みになっている。その第1号として、2023年8月にオープンしたのがフレンチレストラン「anneau(アノー)」。

シェフの早川 歌輪さん

早川シェフは、大阪府出身。天満にあるフレンチ「ONZORO.」でスーシェフを務めた後、上京して「Kabi」系列のイノベーティブフレンチ「caveman」で腕を磨いた。「アノーはフレンチがベースになっていますが、和やエスニックなどの要素も取り入れています。私自身が重たい料理が苦手なので、肉や魚料理にはハーブや野菜をふんだんに使っています」と早川シェフ。その一皿一皿からは、繊細な色彩感覚がうかがえ、美しさが目を惹く。また、ディナータイムには5〜7種類から選べる自家製パンもあり、早川シェフのきらめく感性に満たされる。

内観

アノーでは、ランチタイムは月・火・金がサンドイッチ、土・日が5,800円のショートコース、ディナータイムは12,000円のおまかせコースとアラカルトが楽しめる(コースとアラカルトは予約制)。コースには自然派ワインが合わせられ、6杯9,000円のペアリングコースがある。好みや気分に合わせて、グラスワイン1杯ずつペアリングしてもらうことも可能だ。

ホッキ貝の燻製✕微発泡白ワイン

「ホッキ貝 山菜」(12,000円のディナーコースより)

この月のディナーコースはホッキ貝の燻製 山菜のサラダで始まる。スナップエンドウとセリをオイルで和えたサラダの上にホッキ貝の燻製をのせ、貝のだし汁のジュレがかかったもの。紫蘇の花とスナップエンドウのスプラウトで彩られている。貝殻の上に可憐な一皿が完成し、春の始まりを予感させた。

ピリ・ヴァインのピリ ナチュレル マチルダ2020(グラス1,300円)

ホッキ貝を使った前菜におすすめのワインは、ドイツのシルヴァーナー、ケルナー、リースリングがブレンドされた白ワイン。「ほんのり微発泡で柑橘の酸味があるドライなワインです。ホッキ貝は燻製しているため、味わいが強いので、それをすっきりさせてくれるイメージです」と早川シェフ。ホッキ貝は旨みが濃厚で薫香が漂う。スナップエンドウの青い香りとワインがさわやかに寄り添うマリアージュだった。

鰆のコンフィ✕旨みたっぷり白ワイン

「鰆 春の菜」(12,000円のディナーコースより)

メインの一つである魚料理は、低温調理した鰆のコンフィにパセリの入った緑のソース・サルサヴェルデをかけたもの。付け合わせには、ちぢみほうれん草、うど、菜の花のおひたし、素揚げのプチヴェールが添えられ、一皿の中に緑のグラデーションが鮮やか。「いろいろな緑があると、彩りがきれいになりますよね」と早川シェフ。

ガングランジェのピノ・ブラン レゼルヴ2020( グラス1,300円)

「鰆 春の菜」にペアリングしてもらったのは、フランス・アルザス地方のピノ・ブランを使った白ワイン。「白い花や柑橘の香りのある白ワインです。旨みがしっかりある白ワインなので、魚料理と昆布のだし汁のようによく合います」と早川シェフ。鰆自体がコンフィで旨みがギュッと引き出されていたので、旨みと酸がしっかりしたワインとうまくマッチしていた。また、苦みのある春の野菜が何種類も食べられるのも満足度が高かった。

自家製パン✕ジューシーロゼワイン

自家製パン

アノーでは毎日5〜7種類の自家製パンが焼き上げられ、コースの合間に提供される。パンは天然酵母が使われ、カンパーニュなどの食事パンのサワードウは酸味が強めの仕上がりで、通好みの味。コースが食べられる範囲であれば、何種類でも自由に食べられる。

オリヴィエ・コエンのキャルト・ポスタル2023(グラス1,500円)

パンにおすすめなのは、ムールヴェードルなどの品種をいくつか混ぜたロゼワイン。ダイレクトプレスした果汁とマセラシオンした果汁を混ぜて造られている。味わいはいちごジュースのように軽やかで旨みたっぷり。するするとした飲み心地でどんなパンにも合うワインだった。

早川さんの「私が恋した自然派ワイン」

アレクサンドル・バンのシャン・クチュリエール2015(ボトル15,000円)

早川シェフが恋した自然派ワインは、出会いの1本となったアレクサンドル・バンのもの。

「もともとワインは好きでしたが、初めて飲んだこちらの自然派ワインとの出会いが衝撃的で、もっとワインを好きになりました。アレクサンドル・バンのワインは貴腐菌のついたブドウを使っています。そのため、ちょっと蜜のような香りがして、クセのあるワインだなと思いました。それなのにとてもするする入ってくる味なのがびっくりしました。料理自体もクセのあるものが好きなので、自分の作った料理にも自然派ワインを合わせるようになりました」

どこかクセのある自然派ワインをラインアップ

アノーではヨーロッパやオーストラリアなどの世界各国の自然派ワインが用意されている。「ワインは私とサービスを担当する女性スタッフと2人で選んでいます。ちょっとクセやオリジナリティのある自然派ワインがいいですね。最近はスロバキアのワインに注目しています」と早川シェフ。グラスワイン(1,300〜2,000円)は6種類、ボトルワイン(10,000〜35,000円)は50種類。

月に1回のパンとワインのイベント

レストラン名の「anneau」はフランス語で「輪」を意味する言葉。お客様とつながりを持てるようにとの意味が込められている。「毎月、コースを食べに来てもらうのはむずかしいと思うので、月に1回、気軽に立ち寄れるイベントを用意しています。イベントを一つのきっかけにして、お客様とのつながりを強くしたいですね」と早川シェフ。

そのイベントとは「アノーとパンとワインの日」。通常ディナーは予約が必要だが、この日は12〜19時の間、予約なしでふらりと訪れることができる。焼き立ての自家製パン12〜13種類とアッシェパルマンティエ、豚肉のリエットサンドなど気軽な一皿が並ぶ。パンは100〜1,000円、料理は300〜1,000円程度。気軽に自然派ワインと一緒に“パン飲み”できるようになっている。アノーの雰囲気を知りたいという人は、イベントから訪れてみてもよさそうだ。

※価格はすべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:片桐圭