【おいしいパンのある町へ】

Vol.24 東京・五反田「ブレッド&コーヒー イケダヤマ」

五反田ほど、その人によって持つイメージが異なる街はそうないのではないだろうか。ある人にとってはオフィス街、ある人にとっては古き良き昔ながらの飲食店が並ぶグルメタウン、そしてまた、ある人にとっては住宅街としての表情も。しかし多くの人に知られていないのが、パン屋の宝庫としての一面。その証拠に、五反田エリアには10店舗以上のパン屋が軒を並べ、うち1軒は「食べログ パン 百名店 2019」にランクインしている。

そんなパン激戦区・五反田で勇敢にも、新しいブランドを立ち上げたのが「ブレッド&コーヒー イケダヤマ」だ。五反田の駅から徒歩5分ほどの高級住宅街・池田山にオープンしたのは、3年前。以降、めきめきと人気を伸ばし、日々の来客数は右肩上がり。

実際に店を訪れてみると、その理由を一目にして理解できる。ウッドを基調にしたシンプルモダンな店内には、広々としたイートインスペースがずらり。通りに面したウィンドウからは太陽の光がたっぷりと差し込み、都心のど真ん中とは思えぬほどゆったりと、朗らかな時間が流れる。

既存の一流レシピを捨て、新しいスタイルを築くまで

まさに「都会のオアシス」という名にぴったりな店を取り仕切っているのが、店長の門馬さん(写真右)と、シェフブーランジェの保住さん(写真左)。同店を運営する本社が手がける「ジャン・フランソワ」での勤務を経て、オープニングスタッフとして「ブレッド&コーヒー イケダヤマ」に転勤となったそう。

「ジャン・フランソワ」では日々のパン作りだけでなく、商品開発も担当していたという保住さん。多くのパン通をファンに持つ「ジャン・フランソワ」のレシピはお手の物ながら、それには頼らず、同店のためのレシピをいちから生み出したそう。

 

「『ジャン・フランソワ』のパンは、フランス色が強い。都心のショッピングエリアに構える店ではしっくりきますが、昔ながらの住宅街では、それだけだと厳しいと判断しました。実際、お客様の層は老若男女にファミリー層と、どこよりも幅広い。この地で受け入れられるには、みんなから愛される定番の味わいが必要だな、と」

パンひとつひとつ、それぞれの持つ最上級のおいしさを届けたい

そんな保住さんが、こちらのコンセプトのひとつとして掲げるのが“プチ贅沢”。一般的に馴染みの深い味わいを、ちょっぴり贅沢な素材に手間をたっぷりとかけ、ワンランク上の味わいに仕上げることをテーマにしているそう。「うちの売りは、生地の仕込みから成型、焼き上げまでを人の手で丁寧に行う“オールスクラッチ方式”。とくにチェーンなどでは大量生産した冷凍生地を使った“ベイクオフ方式”を取り入れる店が多いのですが、やはり味わいに差が出るので」

多くの店では日に50〜60種類ものパンが並ぶのものだが、「ブレッド&コーヒー イケダヤマ」ではその半数ほどの30種類。それもまた、かける手間を惜しまないためだと保住さんは語る。「オープン当初は気合を入れて、1日50種類以上を作っていたんです。でも種類が多ければ多いほど、ひとつひとつにかけられる手間が薄くなってしまう。自分は毎日いろいろな種類を食べ比べているけれど、お客様は個数が限られる。そうしたら、ひとつひとつがとびきりおいしいパンじゃないとダメなんじゃないか、って気づいたんです」

そこから数を一気に半数ほどまで減らし、既存のレシピのブラッシュアップに尽力。国産小麦にとらわれず、パンの種類ごとに適した国内外の小麦をブレンドしている。また種類を減らす代わりに、期間限定のシーズナルメニューを2ヶ月ごとに更新。店長の門馬さんらスタッフもアイデアを出し、飽きのこないメニュー作りを心がけている。

パンとともに味わいたい、自家焙煎のコーヒー

しかし「ブレッド&コーヒー イケダヤマ」の魅力は、手間暇かかったパンにとどまらない。それが、店名にも掲げているコーヒーだ。ドリンクメニューに並ぶコーヒーは、なんとすべて自家焙煎。ブラジル、エチオピア、ニカラグアのシングルオリジンコーヒーのほか、カフェラテ、女性に人気だというアーモンドミルクラテなども取り揃えている。

香ばしいコーヒーと焼きたてパンの香りが漂う店内は、一足踏み入れるだけで、空腹を刺激されること請け合い。訪れた際にはマストでおさえたい、一押しメニューがこちら。

水分量90%! しっとりとふんわりが共存する奇跡の「パン・ド・ミ」

保住さんが、メニューのなかでも最も力を入れていると言うのが、店の看板商品の「パン・ド・ミ」。何度も試行を繰り返したという苦労の甲斐あって、今では人気No.1商品に。1日に3度、合計100斤以上を焼き上げるが、毎回すぐさま売り切れてしまう。

 

「日本でいう食パンの『パン・ド・ミ』は、フランス語で“パンの中身”という意味。中の生地を楽しむ、という特徴を出すため、食感作りを徹底しています。様々なお店の食パンを食べ比べたところ、もちもち、ふんわりのどちらかに偏っていることに気づいて。どちらも楽しめる食感は作れないものかと試行錯誤し、湯種製法と中種製法による生地をミクシングするという製法にたどり着きました」

 

「水分量90%の生地はそう珍しくありませんが、そこにふわっとした口当たりがあるのは、うちだけだと自負しています」と保住さんが宣言する通り、手で触れた瞬間からその違いは歴然。カステラのようにしっとりとしていながら、コッペパンのようにやわらかな生地は、まさに新食感。

 

この「パン・ド・ミ」が一番のお気に入りだという店長の門馬さんは、「何もつけずに、生地そのものを味わってほしいです!」と力説。「翌朝以降もしっとり感が続くので、軽くトーストする程度でOK。私はバターをのせてトーストし、仕上げにはちみつをトッピングするのがお気に入りです」。一斤450円。

「やまや」と共同開発! 明太子を贅沢にたっぷりと注入した「めんたいフランス」

言わずと知れた明太子で人気の食品メーカー「やまや」との共同開発で誕生した本商品。「ブレッド&コーヒー イケダヤマ」ならではのアレンジが、“高級明太子”の味わいをさらに引き立てる。

 

「上質な明太子の味わいを生かすため、塩分は加えず、バターでコクづけ。アクセントに、にんにくを加えているのがポイントです。生地は、浅めに焼き上げたバゲット。ベーコンエピ風に切り込みを入れて、ちぎって食べやすくしました」。中央の切り込みには、明太子バターが驚くほどぎっしり。ふわっと香るバターと、ほどよい塩加減は、お酒のお供としても。300円。

サクサクの生地にしっとりフィリングがぎっしり! 具沢山な「キッシュ」

ランチタイムに多くの人が求めて訪れるのが、こちら。定番の「ほうれん草とサーモン」とシーズナルフレーバー、2種類のバリエーションを揃える「キッシュ」の最大の魅力は、そのボリューム感。「定番の『ほうれん草とサーモン』に使用するサーモンは、塩麹に一晩漬けて、より柔らかく。オーブンで焼いてから身をほぐし、細かくすることで、どこを食べてもサーモンを味わえる仕上がりに」

 

「サーモンに塩気があるので、アパレイユは卵、牛乳、生クリーム、塩こしょうでやさしい味付けに。ナツメグをほんのり利かせて、味に深みを出しました。土台のパイ生地はバターを贅沢に使い、サクッと焼き上げ。全粒粉をブレンドすることで、より香ばしさを引き立てています」。アパレイユの隅々までサーモンとほうれん草が詰まっており、食べ応えばっちり。1個でお腹いっぱいに。450円。

ほのかなココナッツの香りがアクセント! とびきりミルキーな「レ・レ」

「パン・ド・ミ」に続くトップセールスを誇るのが、ミルクフランスをアレンジした「レ・レ」。こちらはミルクに卵とバターをたっぷりと含んだ、リッチな配合の生地・ビエノワを使用。「生地は高級バターロール、という表現がぴったりですね。劣化が遅く、みずみずしさが持続するのが特徴です」

 

「生地そのものの甘みが強いので、中のクリームは甘さをダウン。ホイップバターにコンデンスミルクまでは通常のレシピ通りですが、うちはココナッツピューレを投入。そうすることで香りのアクセントがつき、深いコクが生まれるんです」。嚙みしめると、口の中にほのかなココナッツの風味が。軽い口当たりで食べやすい形状から、子供からのラブコールが多数。また、来客時のお茶菓子として購入する人も少なくないのだとか。200円。

※すべて税込価格

SHOP DATA

保住さん&門馬さんに聞く、五反田エリアの一押しグルメ

休憩時や休日には必ず外へ出かけ、グルメスポット探しを行っているという保住さんと門馬さん。名店がずらりと並ぶ五反田で、食通のふたりがリピートする店を伺った。

自分へのご褒美は、「レ・カカオ」のケーキ!

「厳選したカカオ豆を使い、焙煎、精錬、チョコレート作りまでを行っている、チョコレート屋さん。シングルオリジン&ハイカカオのチョコレートバーのほか、生菓子、焼き菓子など、どれを食べても、うっとりするおいしさ。ギフトとして大活躍しているほか、“自分、がんばった!”という日は、ご褒美にケーキを買って帰ります(笑)」(門馬さん)

スタッフ人気絶大! ランチの定番は「浜屋」のつけめん

「パンと同じくらい、ラーメンが大好き(笑)。五反田なら、断然『浜屋』がおすすめです。スタッフの間でもファンが多く、濃厚な和風スープのつけめんが1番人気。『エビ辛』という特製味噌をトッピングできるのですが、これがマスト。ほどよくピリッとし、スープのコクが深まります」(保住さん)


撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃