〈食を制す者、ビジネスを制す〉

街歩きをするときは建築物がおもしろい

 

街歩きが好きな立場として、楽しいと思うのは建築物を見ることである。国内外どこに行っても、興味を引く建築物があると、しばらく立ち止まって眺めることにしている。「建築はメディアである」と誰かが言っていたが、確かに公共建築であれば、その国の威容や豊かさを表しているようであり、民間建築なら、その企業のブランド力や個人の趣向を誇っているように見えて興味が尽きない。そのせいで建築家にも興味を持つようになった。

丹下健三という名を聞いたことがある人も多いだろう。代々木第一体育館、東京カテドラル聖マリア大聖堂、東京都庁、フジテレビ本社ビルなどを設計した昭和を代表する建築家であり、戦後長い間、日本の建築家のトップに君臨してきた人物である。

丹下健三は1913年生まれ。旧制広島高校時代にフランスの建築家であるル・コルビジエに傾倒し、建築家を志すようになった。東大工学部を受験するが、二度失敗。一時日本大学芸術学部映画学科に籍を置いたが、受験し直して東大に合格。学生時代は建築と並行して、哲学と文学を学び、思索を深めた。

大学卒業後は、前川建築設計事務所に入所。その後、大学院で勉強し直したあと、東大助教授に就任。丹下研究室をスタートさせたのだが、その研究室のスタッフから槇文彦、磯崎新、黒川紀章などのちの丹下以後の建築界をリードする大物建築家たちが輩出した。1961年には丹下健三・都市・建築設計研究所を設立。本格的に国内外の建築設計に乗り出し、名声を高めていった。これまでいくつもの優れた建築作品を生み出してきた丹下だが、そのアイデアの出し方は独特なものだったという。

 

72時間考え続ける丹下健三のアイデアの生み出し方

丹下は優れたアイデアをすぐに思いつくのではなく、しつこく考え続けて、あるところで一気にブレイクするタイプだった。子息である丹下憲孝氏が著書『七十二時間、集中しなさい。』のなかで次のように証言している。

「父はよく『人間は一つのことを七十二時間考え続けなければだめだ。集中力のない人間など、どうしようもない』といっていた。二十四時間でも四十八時間でもなく、七十二時間。この常識を超えた長さが、いかにも父らしい。人生のすべてに対して集中せよということである。何事においても、集中なくして、いい結果は得られない。要は、妥協をするなということだ」

しかも丹下は非常な負けず嫌いだったようで、作品コンペが近付くと闘争心を丸出しにしていたという。

「父は若い頃、部屋にベッドを置かなかったらしい。ベッドがあると、すぐ横になって、寝てしまうからだという。怠惰に流されぬよう、自分をいましめながら、コンペに集中しようとしたのだろう。部屋には、テーブルの上にハンモックが吊ってあったそうである。(略)コンペの提出が近付くと、私たちスタッフは、いつも徹夜続きになる。父はスタッフに指示を出して自分は先に帰るのだが、夜中の二時頃、突然顔を出すことがしばしばあった」

深夜まで働く丹下は朝型ではなく、夜型のプロフェッショナル。朝起きるのは10時頃。朝、昼兼用のブランチを食べて仕事に行く。夜は読書や勉強に励んだという。詰まるところ、昭和を代表する建築家も努力家だったのである。

「私が、父の生きざまから学んだことは、天才などいないということだ。人がすべきことは、努力しかない。努力が集中力になり、ひらめきになって、結果的に、人からは突出したものに見えるのだ」

丹下健三が通った店のDNAを継ぐ店

そんな丹下が足繁く通った店が、多くの有名人が通ったイタリアン「キャンティ」。ただ、あまりにも有名な店ので、今回は、キャンティの元スタッフらが立ち上げた広尾の「アッピア本店」を紹介したい。こちらもすでに有名かつ老舗の範疇に入るかもしれないが、今も尚どこかしら「知るひとぞ知る」雰囲気を漂わせている。この店は、私が編集者だったころ、担当していた作家の方に最初に連れていってもらったのだが、おいしくて感動した記憶がある。というのは、私はどちらかと言えば、和食や中華料理が好きで、好んでイタリアンに行くことはほとんどなかった。仕事の会合でイタリアンに行っても、心の底からおいしいと思えることは少なかった。しかし、アッピアは違った。本当においしかったのである。

出展:毎日外食グルメ豚さんさん

アッピアで面白いのは、メニューの字を見て料理を選ぶのではなく、前菜などの料理が10種類くらい、ワゴンに並べられて出てくることだ。客は、その料理を見ながら、スタッフの説明を聞いて、食べたい料理を選ぶ。その後、一度ワゴンが下げられて、しばらく待つと温かい料理が供されるのである。前菜、パスタ、メインといずれもおいしいものばかり。この店は、最初から食べたいものを狙って行くのではなく、その場で、自分が思いもしなかった料理に出会えるのがいい。もちろん値段も安くはないが、クオリティーの高い料理と親しみあるサービスを享受できると思えば、満足度は抜群である。

この時期、アッピアはクリスマスのデートなんかで利用するといい。必ず女性からの評価は高くなるはずだ。表参道辺りで街歩きのデートを楽しんだあと、タクシーで広尾へ。大人の雰囲気だが、決して排他的ではない。30代からチャレンジできる店としてぜひ押さえておいてほしい店だ。