外食力の鍛え方〜客上手になろう〜
タベアルキスト・マッキー牧元さんの連載。外食をするには避けて通れない「お酒」について教えていただきます。第4回は「食後酒」編。
「食後酒」という文化
最初は僕も、「食後酒」なんて考えも及ばなかった。
存在は知っていたが、周りで飲んでいる人もなく、サービスの人が勧めることもない。今でもそうだろう。特定のイタリアンを除けば、食後酒をガンガン飲んでいる客が多い店は少ない。
しかし今では、頼むことが多くなった。理由は2つある。
モンブランとポート酒?デザートと食後酒が生み出す妙
目覚めたのは、今から30年前のあるイタリアンだった。その頃バニラのジェラートにエスプレッソをかける、アッフォガートというデザートが流行っていた。これを頼んだら、サービスの人が「グラッパも一緒に飲むと面白いですよ」と言う。そこで頼み、アッフォガートを一口食べて、すかさずグラッパを少しだけ口に含んだ。
アッフォガートにグラッパを垂らしてみよう/Getty Images
ああ、香りが複雑になって膨らむではないか。グラッパの刺激が加わって、甘さに深みが出るではないか。一気にはまった。
そう、一つの理由は、食後酒とデザートを合わせるいたずらが面白いからである。
例えば三田の「コート ドール」では、この時期モンブランが出される。ほとんどがマロンシャンティだけの、シンプルなモンブランである。これに合う酒はないかと聞けば、ソムリエの方はヴィンテージポートを用意してくれた。モンブランを食べる、ポート酒をすする。その途端口の中は官能の渦となって、気絶しそうになるほど陶然となった。
コート ドールのモンブラン 出典:褐色の無さん
まあここまでいかなくても、グラッパやラムなどをもらって食べながら飲む。あるいは少しアイスクリームにかけてやる。これだけでたまらぬ味になるのである。
経験上、酒飲みではなく、「そのまま飲むには度数が強すぎる」というような人でも、「おいしいっ」と、喜びの声を出す。
「食後酒」だからこそ距離が縮まる
さてもう一つの理由は、同席した人の距離感が一気に縮まることである。
例えば接待での食事中の酒くらいでは、相手との距離は縮まらないことが多い。しかしその距離は、食後酒の時間に入った瞬間に一気に縮まるのだ。これは男女の間でも言える。
例えば白金の「ロッツォシチリア」には、たくさんの自家製食後酒(果物酒)が用意され、メニューには、「一杯400円 4種類飲んだ人は1,000円」と書かれている。明らかに計算がおかしいが、たくさん飲んで楽しい思い出を残して帰ってもらおうという店の思いやりである。
サービスの阿部務さんは言う。「食後にも山場があって、皆で楽しく酔っ払う。食堂とはそういうもんだと、シェフも僕も思っていたんです」
そのため、果実酒を何種類も手作りした。本来はスピリタスのような度数の高い酒でエキスを抽出するが、加水してもアルコール臭が残るため、通常のジンやウォッカを使う。様々な果物で試行錯誤をして、様々なフレーバー酒を置いてある。「接待などで、食事中はちょっと固いなと思っていたお客様も、食後酒をお勧めし、飲み始めると和気藹々となり距離を縮めていただけます」
ロッツォシチリアの自家製リモンチェッロ
そう、食後酒とは、親密度を高める効果がある。フランスでは食後の「3C」といって、コニャック、シガー、チョコレートは、食後の楽しみとして欠かせないものとされている。実際食後酒は、血行がよくなり、食後の消化を高める効果もある(ただしお酒の弱い人は避けること)。食後酒は、フランス語では、ディジェスティフ(digestif)、イタリア語ではディジェスティーヴォ(digestivo)といい、これは「消化(を促す)」という意味がある。ちなみに中国語では、「餐後酒(ツァンホウチョウ)」という。
そしてなによりも食後酒は、今までの素敵な食事の余韻を、じっくりと楽しむという時間をもたらしてくれ、また友人や恋人、あるいは接待のお客さんとの語らいの時間を、さらに豊かに演出してくれるのである。阿部さんは言う。「食後酒を飲みながらの会話は、食事中に飲むワインのときとは異なります。ワインでは、どこかでカッコつけて話していても、スピリッツでは、声が大きくなって肩を組み、腹を割って話せるようになるんです」
食後酒には、デザート感覚で楽しめる甘い酒や、食中にはあまり飲まないようなアルコールや香りの強いお酒が選ばれる。ブランデーやコニャック、フランスのマール、イタリアのグラッパ。あるいは果実をウオッカに漬け込んで作るお酒などである。予算がなくとも、そんなに高い酒を頼むわけではないから、せいぜい高くとも1,000〜1,500円だろう。それだけでその値段以上の効果がある、余裕があるならぜひ頼んでいただきたい。
食後酒をスマートに頼むタイミング
ちなみに食後酒を頼むタイミングは、本来はコーヒーを飲み終えたあとだが、コーヒーの注文を取りに来たタイミングで、「僕は食後酒を」と頼んでもいい。その時点で、高級店ならデザートに合わせるように甘いお酒を一杯。さらにコーヒーの後に一杯頼んで計2種類飲むというのが、本来の姿で完璧である(お酒が強くないとできないけどね)。
ポート酒なら長期樽熟成したトゥニーポートかさらに50年以上熟成させたヴィンテージポート。フレンチで、豪華に行くなら、貴腐ワインという選択もある。
コーヒーの後の蒸留酒は、フレンチならマールやコニャック、オー・ド・ヴィー・ド・フリュイ(ぶどう以外のものを原料としたブランデー、キルシュやポワールウィリアムスなど)。イタリアンならグラッパ、リモンチェッロ、サンブーカ、アマレッティなどから選ぶといいだろう。
最後に、いくら食後酒を頼んだ方がいいからって、ベロベロになってはいけない。節度を保ちながら食後酒の時間を楽しめる人になろう。