〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3〜5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直されはじめたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。
瀬戸内海、広島県産食材を江戸前の技術で仕立てた「瀬戸内前」

山本憲資さんが薦める「鮨 乙巳(きのとみ)」は、東京メトロ丸ノ内線の四谷三丁目駅から歩いてすぐの場所にある。大将の有田秀一郎さんの経歴はユニークだ。実家は東京・新大塚で「寿司処 秀」を営む寿司店であり、父親は京都や神楽坂、ニューヨークでも修業を積んだ初代である。現在も78歳で現役として板場に立つ父の背中を見て育ったが、有田さん自身は大学卒業後、ポップスシンガーとして30歳まで活動していた。
寿司の道に入ったのは30歳のとき。お台場の「グランドニッコー東京 台場」内の「鮨 玉かがり」で3年間修業を積んだのち、「鮨 りんだ」グループの「らんまる」や「プルペン」で腕を磨いた。

山本さん
瀬戸内の素材にフォーカスしたお店というところに引かれて、通うようになりました。

その後、同僚との縁もあり、広島の尾道にある「鮨 やくしどう」で約2年間修業。東京ではあまり使われない瀬戸内食材のポテンシャルに気づいたことが、「瀬戸内前」という現在のコンセプトに繋がっている。
2カ月先まで満席、13品7,000円の珠玉のランチコース


山本さん
ランチコースが税込7,000円で提供されており、僕もこちらのコースをいただきましたが、とてもコストパフォーマンスが高いと思いました。
乙巳のメニューは「おまかせ」のみで構成されており、ランチは13品前後(先付け2品、握り8貫、玉子、巻物、お椀)で7,000円、ディナーは20品前後で19,800円だ。そのコストパフォーマンスの高さがSNSなどを通じて話題となり、現在ランチは2カ月先まで予約が埋まるほどの人気ぶりとなっている。
乙巳が掲げる「瀬戸内前」とは、広島や愛媛、山口など瀬戸内を中心とした西日本の食材に、江戸前の仕事を施す独自のスタイルだ。おまかせコースの冒頭を飾る先付からも、その世界観が存分に伝わってくる。

夏のトップバッターを飾るのは、新潟県佐渡島産の根もずくと、広島県三原市にある「高掛農園」のハーブを合わせた前菜だ。わかめやめかぶのような力強い食感を持つ根もずくに、農園から届く新鮮なハーブをトッピングしている。味の決め手となるのは、440年以上の歴史を持つ「尾道造酢」の赤酢、煮切り醤油、サラダ油を合わせたドレッシングだ。

山本さん
広島の高掛農園のハーブを使ったもずくとの前菜が、意外性とローカル性の両方を感じられてとてもよかったです。

続く2品目は、茶碗蒸し。この日は山口県産の太刀魚を使った一品が提供された。太刀魚は軽く塩を振り、醤油で下味をつけてから炙って茶碗蒸しの中に入れている。上には梅肉とおろしたてのワサビ、生産量が少なく希少な愛媛県産の「すじ青のり」がたっぷりとのる。有田氏の「梅と太刀魚でさっぱりと食べてもらいたい」という狙い通り、香ばしい太刀魚と梅の酸味に玉子のまろやかさが親しみを感じさせるが、青のりの磯の香りが鮮烈な印象を残す。