2026年5月

朝「武寿司」(東京・千住大橋)

プリンセスマイラー
外観   出典:プリンセスマイラーさん

朝酒、朝寿司である。小原庄助さんもうらやむ贅沢である。朝8:45、千住大橋駅から、足立市場内の「武寿司」を目指した。

6席のカウンター目指して、地方からわざわざ来る客や、成田から直行する外国人、病院抜け出し、点滴外して食べに来た人もいるという人気店である。

ビールで乾杯。朝9:10。朝ビーが五臓六腑に染み渡るなあ。すぐさま冷酒に切り替えて宴会が始まった。「なんか正月みたいですね」と、連れが言う。そうだな、朝から酒が飲めるのは、正月か旅館の朝飯くらいだもんなあ。深夜焼肉同様、罪悪感という調味が作用して、妙に酒がうまい。

ご主人は、ねじり鉢巻きを締め、粋な風情漂ういい男。いやでも朝寿司気分が、盛り上がるってえもんじゃありませんか。

まずはお造りで、石垣鯛に、ホウボウ、青柳といってみた。うん。香りがいい。魚の香りに郷乃譽霞山の、軽やかな吟醸香を合わせたと思いねえ。

Paul Newman
お造り   出典:Paul Newmanさん

次に生牡蠣と白子を頼むと「牡蠣と白子は握りがうまいですよ。生鯖なんかどうです」と、おすすめされる。この生鯖の脂が上品で切れがいい。消えゆくうまみに、すいっと立山純米吟醸を合わせてみれば、私の心は遥か雲の上。

では、握りと参ろうか。香り立つ鰹、ほの甘い焼き霜造りのサワラ、かんずりと合わせた白子、脂が優しく溶けるメジマグロ、うまみ強いぞアカハタ。 「これは飲める寿司ですね」と、連れが笑う。意味がわかるようでわからないが、酒飲む姿勢を肯定する辺りはエライ。

MichaelJi
おこのみもおまかせも用意   出典:MichaelJiさん

さらに、ミルキーな厚岸の牡蠣、香ばしい炙りカマス、脂が綺麗な鯵、スミイカ、穴子、カッパ巻、煮蛤の計12貫を食べた。満腹酔いで表に出れば、当然お天道様は頭の上、まだ昼前ときたもんだ。

※写真は訪問時のものと異なります

昼「朝日屋」(東京・代々木上原)

外観

人間は時に、ハメをはずさなくてはいけない。真面目に道を進むのは正しいが、たまに道を外さなくては面白くない。そう言っても僕の場合はささやかなことで、人に迷惑をかけるわけではない。昨日も、一人静かにハメをはずした。

代々木上原で町そば屋に入って、中華そばとミニカレーライスセット1,250円を頼んだのである。なんだ、そんなことかと言うなかれ。この日本特有のダブル炭水化物攻撃は、滅多にしない。若者ではないし、余分なカロリー摂取も控えているからである。10年ぶりかもしれない。

だが店内を見回すと、すでにダブル炭水化物派が多くいた。カレー丼にミニかけうどん。カツ丼にもりそば。肉みそうどんにミニカツ丼。天南ばんそばにミニ親子丼。中には、生姜焼定食にかけそばという豪の者もいる。

それを見ているうちに、ダブル炭水化物を頼まなければ、男がすたる。そう思ったのである。

「中華そばとミニカレーライスセット」

やがて、中華そばとミニカレーライスが運ばれた。ここの中華そばは、自家製麺である。町そば屋のプライドが輝いている。ミニカレーライスは、ミニとは言えないほど量がある。

まずはスープの味を確かめ、ワカメで繊維質を取り、しなちくを1本食べてから麺をすする。昭和の味である。ラーメンではなく、中華そばと呼んでいた時代の味である。うーん、鄙びた味がたまらんなあ。

「ミニカレーライス」

次にカレーライスを食べる。インドと隔絶し、日本に思い切り寄ったカレーライスもいい。これまた普段は滅多にお目にかからない、ライスカレーと呼んだほうが似合う、昔の味わいである。

そして再び中華そば。こうして中華そばからカレー、カレーから中華そばを渡り歩き、交互に食べていく。カレーを食べた後の中華そばが、少し甘く感じ、中華そばを食べた後のカレーがなぜか優しい。

「中華そば」

途中でカレーに、少しだけ中華そばスープを入れ、しなちくも参加させてみた。緩くなったルーに、歯ごたえしっかりのしなちくが加わって、面白い。ついでにナルトも半分ちぎって入れてみた。これまたカレーの中での食感に、風情が出る。

こうしてしずしずと、年齢的にも体重的にも摂取してはいけない、ダブル炭水化物を食べ、血糖値を上げてハメをはずす。ささいながらも、いけないことをしているという調味料が加わって、幸せふくらむ。若い人にはわからんだろうなあ。

夜「百薬by徳山鮓」(東京・銀座)

「徳山鮓」の徳山浩明氏が料理監修

名前でわかるように余呉湖の「徳山鮓」、徳山浩明氏が料理監修する割烹である。鮒鮨や各種発酵食品、熊や湖の魚など、徳山鮓から送られてくる食材による料理も出されるが、驚くべくは、まだ30代の料理長佐藤均氏の、食材に対する慧眼である。釣りや山菜採りで学んだ経験と知識を活かして、全国から吟味した食材を取り寄せる。

「蒸し鮑とスナップエンドウ」

例えば5月の1皿目に出された、口取の「蒸し鮑とスナップエンドウ」である。福井敦賀の500g オーバーの鮑に、漢方薬を土に混ぜ込んで育てたという塚地農園のスナップエンドウを茹でて添えてある。紐と貝柱も合わせた鮑は香り高く、肝は綺麗で、えぐみが微塵もなく、口の中で優美に消えていく。そこへ豆の純粋な甘みが呼応する。優れた食材のみが生み出す、海と山の共鳴が、そこにはあった。

「コシアブラご飯」

続いて、おしのぎには、「コシアブラご飯」が出された。揚げたコシアブラの葉を混ぜ込んだご飯に、生バチコの炭焼きが添えられる。揚げ油のコクに応えるような上品な苦みがよく、爽やかな青い香りが、鼻を浄化する。東京の中心にいながら深山に足を運んだ清涼があった。合わせたのは滋賀の「七本鎗」のお燗で、その柔らかなうまみが優しく寄り添うのだった。

「椀もの」

椀ものは、塩を入れずに魚自身が持つ塩気と吟醸酒のうまみで仕立てた、明石のキジハタのお椀である。生命力に富むキジハタも、東京では滅多に出会えない。これも豊洲ではなく、直接現地の漁師や魚屋とやりとりしてきた、佐藤氏の力量であろう。

「お造り」

お造りは、明石のアマテガレイと赤貝。品のある甘みが流れゆくカレイと、昆布のようなうまみを持つ赤貝の取り合わせで、それぞれに国内でも最高品質のものである。合わせたのは、1週間前に開けてちょうど上手くなったという、天狗舞の純米である。メロン香は少なく、カレイのうまみに溶け込むような米の甘みを感じさせるのだった。

「鰻の白焼」

以下、脂の質がいい宍道湖の鰻の白焼、苦みを微塵も感じさせない、岩手の天然のわらびと能登の毛蟹による酢の物。揚げて焼き、たまり醤油と実山椒を添えた、和歌山日高川の鮎。

「蝦夷鹿のコンソメジュレと鮒鮨」

蝦夷鹿のコンソメジュレと鮒鮨。行者ニンニクのスープに入れた、アスパラと鳥貝。750gと巨大な琵琶湖の天然鰻の鰻重と続く。どれも食材の力が圧倒的ながら、胃に負担をかけない穏やかな滋味がある。

「甘味」

甘味は、蜂蜜の爽やかさが伝わる、日本蜜蜂の蜂蜜と杏仁豆腐が出された。

東京には全国から取り寄せた高品質な食材で料理を出す割烹が多くある。だがその中でも、質が頭抜けている。それは佐藤氏が長年全国を回って見つけてきた、真実の味である。

教えてくれた人

マッキー牧元
株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付け役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。

※価格は税込です。

文・写真:マッキー牧元