ページをめくり、お腹を満たす

ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本を紹介する人気連載。気鋭のイラストレーター瓜生太郎さんのコミカルなイラストとともに、“おいしい読書”を楽しんで。

食前よりも食後に読めばよかった

Vol 3.『肉まんを新大阪で』(文藝春秋)著:平松洋子

お腹が空いている。そして平松洋子さんのエッセイ『肉まんを新大阪で』を読んでいる。平松さんのエッセイを読んでいるとよくお腹が鳴ってしまう。気づくと書かれているお店をググって、食べログを見たりしてしまっている。

 

『肉まんを新大阪で』は、『サンドウィッチは銀座で』から始まった文庫オリジナルシリーズ『〇〇(食品名)を〇〇(地名)で』の最新刊である。大阪の肉まんとは、言うまでもなく551蓬莱だ。

 

平松さんを、食べものに関する書き手として随一と信じている。一文でそこから始まる全体の雰囲気をイメージさせる冒頭部の表現力や、その場で交わした人との会話やコミュニケーションの妙、食べ物や土地、店に関する歴史や来歴をさらりとだけどちゃんと紹介する知識、品のよさを保ちながらも食べることへの勢いを感じさせる(料理や食に欠かせない)擬音語、擬態語の使い方。そして何より、高級なものばかりを有難がるのではなく、自分の生活のなかにあるもの、地に足のついたものから離れないことにある。

 

それらの裏というか根にあるのは、大胆かつ忠実で、迷いのない食への欲望。つまり食欲だ。もしかするとそれが全てなのかもしれない。冷やし中華が食べたいと思い、「はじめました」の貼り紙を見つけたお店にひとりで飛び込む迅速な行動は、
そのスムーズさに心地よさすらある。女性はひとりでご飯を食べるのが苦手なんて話を信じられなくなってくる。

 

おいしい食材が手に入った時も、これをどう料理してやろうかという考え始めからゴールまでが早い。そして、定番を決して外さない平松さんの正直な食欲に、やっぱりそうだよなと思わず相槌を打っている自分がいる。しかも、定番をやりながら、そんな食べ方もあるんですかという新しい提案もしっかり入れてくるのが、いやらしい(いい意味)。

 

おから、わさび、若生(昆布)という主役とは言えない食材が出てくると、その食感や味わい、刺激がどう展開するのか自分で味わってみたくてウズウズしてくる。お酒に合いそうなものが多くて、下戸な夫婦の我が家では普段食卓に上がってこないものが多いからこそ余計に気になる。

 

ひとりご飯の時、頼んだ料理が来るのを待ちながらこの本を読んでいた。空っ腹にさらなる空腹を促していたわけだが、いざ料理が目の前に来て食べてみると、平松さんが食べていたものの方が100倍うまそうな気がして複雑な気分になった。食後のコーヒーと一緒に読む方がよかったのかもしれない。

 

『肉まんを新大阪で』
(文藝春秋)著:平松洋子

 

イラスト:瓜生太郎