ページをめくり、お腹を満たす

ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本を紹介する人気連載。気鋭のイラストレーター瓜生太郎さんのコミカルなイラストとともに、“おいしい読書”を楽しんで。

北緯40度線が分ける火と調理器具の関係

Vol.14『台所見聞録 人と暮らしの万華鏡』(LIXIL出版)

日本の住宅の近代化において台所は最もその姿を変えた場所かもしれない。第二次大戦時を描いた映画『この世界の片隅に』でも水場前のスペースは、地面をそのまま家に引き入れた土間という作業スペースであり、煮炊きはかまどだった。台所が変わったことで料理のしやすさや調理方法にも変化が起きてきただろうし、何より国や地域ごとに特徴のある料理は、食材はもちろんそこにある台所のつくりや火力、調理器具とも不可分だ。

 

1930年生まれの構造建築家、宮崎玲子は、国内外を飛び回って伝統的な住まいを訪れてきた。特に“住まいの中の火の位置”に興味の矛先を向け、囲炉裏や台所の資料を多く集めている。宮崎が世界70の地域を訪れ、驚くべき違いとして浮かび上がったのは、北極点と赤道のほぼ中間、北緯40度線付近(日本の北東北辺り)を境に、(電気やガスなどではなく)火を使う場所で鍋を吊る地域(北)と鍋を置く地域(南)に分けられるということだった。さらには水に対しても南北で違いがあり、北では水を大量に使うことはなく、流しは主役にはならない。一方、南では洗う頻度が高く、大量の水を使っている。経済格差など様々な南北の差異があるけれど、地図上でこれだけはっきりと分かれる火と調理器具の関係はおもしろい。ほんとに蛇足だが、国内の東西差事例として即席うどん「どん兵衛」の分かれ目問題もある。

 

本書では宮崎が世界で見てきた台所を中心とした間取りや家の断面などが図解され、どんな生活動線の中で食が機能していたのかや、床座、椅子座など生活様式の違いによる違いも描かれている。鍋の吊り、置きの違いを、火元を見せるか隠すかによって照明機能の有無としている点も納得できることだが、温かいものを温かいままに目の前からよそうという食卓のコミュニケーションの違いもそこにはあるだろう。人口の多さから厳しい住宅事情を強いられてきた中国では、朝食は外食化したし、料理は基本大きな中華鍋ひとつでなんでも作れるようになった。

台所という風土とこれからのキッチン

本の後半では台所の近代化と身体性の変化に焦点を当てた台所文化史を概観。コルビュジエのヒューマンスケールで建築を考える「モジュロール」や人間工学に基づいた設計で、理想とされる近代化(現代化)された台所/キッチンは世界でそう違わないものになってきている。分子ガストロノミーの世界を作り上げたエル・ブジの実験室のようなキッチンは、彼らの食を調理法や機能性という点で体現していたと言える。斉須政雄の「コート・ドール」も、圧倒的に美しいキッチンは、食と仕事への向き合いから生まれた徹底した掃除によるものだ。

 

まだキッチンの造りからレストランの生み出す料理を考えるという本は見たことがないけれど、少なくとも家庭料理は、本書で取り上げられたような長い時間をかけてできた家の台所という風土と共に生まれてきた。台所から風土が失われた時、料理に変化が起きるのか、これから見て、考えていかなくてはいけないことだろう。家族のためだけではなく、シェアやコミュニティという言葉も含め、社会に開かれた台所/キッチンも進むなか、食と台所/キッチンの関係からどんな新しいことが生まれてくるのか楽しみだ。

 

『台所見聞録 人と暮らしの万華鏡』
(LIXIL出版)

 

イラスト:瓜生太郎