ページをめくり、お腹を満たす
ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本を紹介する人気連載。気鋭のイラストレーター瓜生太郎さんのコミカルなイラストとともに、“おいしい読書”を楽しんで。
Vol.15『鳥肉以上、鳥学未満。』(岩波書店)
モモ肉は10以上の異なる筋肉からなっている
肉には部位ごとに異なる食感や舌触り、旨味や脂分がある。僕はどこが好き、私はここが好きという会話も焼肉屋や焼鳥屋でよく聞こえてくる。でも、名前と食感は憶えていても、それが実際どこの部位であるのかよくわからなくなってしまうことはないだろうか。どメジャーなササミでさえ、生きたニワトリを前に実際にどこからどこまでの肉のことであるのか明示するのは難しい。モモ肉(大腿部)と一般に呼ぶ部位が単一の筋肉ではなく、大腿四頭筋や縫工筋、半腱様筋などなど10以上の筋肉からなっていることすら知らない。いま自分の腿を触ってみるとわかるが、筋肉の発達も硬さも場所ごとに違う。私たちがモモ肉と簡単に表現している場所は、生きた動物の複雑な身体の一部だということを思い知らされる。
なぜニワトリの肉はピンク色なのか
本書の主役はニワトリ。農水省の統計では、年間7億5,000万羽、卵は約250万トンが出荷され、毎年一人あたり約6羽に卵約300個を消費しているそうだ。鳥類学者の川上和人は本書で、日本人に最も身近な鳥肉としてのニワトリをきっかけに、鳥類の進化や生態を語り、誤解を解いていく。例えば、キジ科であるニワトリの肉はなぜピンク色で、カモやハトはなぜ濃い赤色なのか。それは鳥類の特徴である飛翔性の有無とミオグロビンの濃度に由来している。嫌われがちなササミ特有のスジも飛翔性に関わっており、あのスジがなければ飛翔筋は機能せず羽ばたくこともできない。肝臓を無理に太らせたフォアグラも、長距離の渡り際に、飛行運動の邪魔にならない内臓にエネルギーを蓄える必要があることや、冬季の体温維持のためにエネルギーとして脂肪が必要になることなど、鳥類にとって肝臓がどんな立ち位置にあるのかを想起させてくれる。心臓であるハツの上部には白いチューブがあり、非常に歯ごたえがあるのだが、あまりにしっかりしているため切り取ることも多い。なぜそんなに丈夫なのかと言えば、そのチューブは心臓から血液を送り出す大動脈と肺動脈だからなのだ。まさか大動脈を食べているとは普段思いもしなかった。
鳥肉を食べることで知る鳥の進化の軌跡
著者曰く、“焼鳥屋で砂肝に舌鼓を打てるのは鳥に歯がないためで、歯がないのはくちばしがあるためで、くちばしがあるのは指がないためで、指がないのは空を飛ぶためと考えられるのである。ではなぜ空を飛ぶかというと、それは鳥類が出現した1億5000万年前の世界は恐竜に支配されており、地上にいると肉食恐竜に襲われやすかったからだと推察される”のである。我々が肉や皮や内臓や骨までを食べる時、その食感や舌触り、旨味や脂分、栄養には、鳥が辿ってきた人為的な交配を含む進化の歴史と生態の科学が、ローストターキーの中のようにみっしりと詰まっている。
『鳥肉以上、鳥学未満。』
(岩波書店)
イラスト:瓜生太郎