【噂の新店】「特選髙坂鶏 克つ鳥」
2012年、東銀座に産声をあげた焼き鳥の名店「たて森」。多くの焼き鳥ラバーを虜にしながら、ご主人・建守護さんのハワイ移住を機に、惜しまれつつ店を閉めたのは8年前のこと。髙坂鶏を世に知らしめ、焼き鳥ブームの先鞭をつけたともいわれる建守さんが、自身の技術や経験を注ぎ込んだ焼き鳥店「特選髙坂鶏 克つ鳥」が、2025年7月5日、渋谷にオープンした。

渋谷駅前の喧騒から一歩離れた元東急文化村界隈。表通りから一歩入った坂道の奥に潜む隠れ家的シチュエーションに、早くも胸が高鳴る。「わざわざこの店を目指して来ていただけるようにしたかったので、あえて駅から離れた立地を選びました」と店長の上野裕太さん。ずっしりと重い扉を開ければ、スタイリッシュな空間に引き込まれる。質感のある左官壁や楡の木のカウンター、そして、カウンター奥にはおくどさんまで設えた店内は、焼き鳥店というよりも高級割烹を思わせるシックな趣だ。

焼き場を預かるのは、焼き鳥一筋20年のベテラン谷口宣昭さん。これまで、日本全国のさまざまな地鶏や銘柄鶏を扱ってきたが、今回取り扱うのは、焼き鳥の職人であれば一度は扱ってみたいと言わしめる“特選髙坂鶏”だ。 かつて、建守さんの依頼を受け、それまで洋食系のレストランで主に扱われていた髙坂鶏を、焼き鳥に合うよう脂肪を少なく高温に耐えられるよう改良したのが“髙坂和鶏”(現在、髙坂和鶏の出荷はされていない)。この特選髙坂鶏は、そのプレミアム版といくわけで、現在全国でも僅か5店舗ほどしか取り扱いのない、いわば幻の鶏だ。

「店を始めるにあたって色々な鶏を試してみたのですが、やはり特選髙坂鶏が一番おいしかったんです。通常の髙坂鶏よりも飼育日数が長く、餌も変えていると聞いています」と焼き師の谷口さん。通常の髙坂鶏も飼育日数は100日以上と長いが、特選はなんと130日。ブロイラーが1カ月足らずで出荷されることを思えば、飼育日数の長さがよくわかるだろう。

飼育日数が長くなることで身質はやや硬めにはなるものの、肉にうまみがのってくるのだとか。谷口さんによれば「透明感のある脂のキレ、レバーのおいしさは格別です」とのこと。「克つ鳥」では、この仕入れた特選髙坂鶏をすぐには使わず、10日間ほど専用の冷蔵庫で寝かしているそうで、寝かせることにより身が軟らかくなると共にうまみもより深くなり、余韻豊かな味わいが生まれてくるのだ。

「特選髙坂鶏コース」16,500円は、目の前で仕上げる鶏のコンソメからスタートする。辺りに漂う馥郁とした香りに包まれ、クリアなスープで胃のウォーミングアップを済ませた後、目の前に置かれたのはレバーパテ。最近の焼き鳥店ではよく見かけるようになってきたレバーパテだが、同店のそれは、ヴィジュアルも斬新。ほうじ茶風味のメレンゲにサンドされているのだ。ほうじ茶の香ばしくややほろ苦さを感じる風味が血の味の濃いレバーのコクとピッタリマッチ。思わずワイングラスに手が伸びる。

ちなみに、アルコールはワイン、日本酒、焼酎にウイスキー類も豊富。グラスワインは1,500円~で、赤、白、オレンジ合わせて12種ほどを用意。

その後、ささみとホタテ貝を重ねてキャビアをのせた一皿が出て、いよいよ串の出番となる。皮切りは自慢の白レバー。フォアグラを思わせる濃厚さながらくどさは皆無。すっきりとした後口は、特選髙坂鶏ならではだろう。谷口さん曰く「最初だけ強火で周りを焼き固め、後は弱火で何度もタレに潜らせながら焼いています」とのことで、火はきちんと通っていながらも、レア感を残した焼き加減が素晴らしい。

とろける白レバーの後は、ダイナミックな食感が持ち味の赤もも。太ももの内側にある希少部位で、厚みがあるが軟らかく、ジューシーなうまみが特徴だ。それも、塊で焼けばこそ。ゲストにはカットしてから提供している。

続いてハツ、つみれの小鍋仕立てに、手羽先、ハツモトと続いた後に抱き身が登場。鶏胸肉を皮で巻いた部位で、狐色に輝く皮が美しい。焼きたてを頬張れば、見た目通りの香ばしさ。サクッと軽妙な歯触りの皮に対し、胸肉はしっとりと軟らか。皮と身の間から滲み出る肉汁が胸肉を包みこむようにして舌を潤していく。トッピングの三つ葉と生胡椒のオイル漬けも舌をリセットするいいアクセントとなっている。

串のオーラスはつくね。だが、これも同店ならではの一捻りが光る。つくねといえば、通常はタレ焼き。加えて卵黄を添えるスタイルも今やおなじみだろう。ところが、ここでは塩で味付け更に、卵黄の塩漬けを上からたっぷりと削りかけている。見た目はまるでミモレットチーズのようだ。
これでコースの串は終了。だが、お腹に余裕があれば別料金で追加串もOK。入荷次第だが、ソリやセセリなどコースで出していない部位を用意している。

そして〆めには、土鍋で炊き立ての白飯で作る焼きニラ飯が登場。ニラは鶏油を塗って炭火で炙ってあるからなのだろう。独特な香りと薫香とが合わさり、摂食中枢を刺激。満腹気味でもすんなりと入ってしまうから不思議。2杯目は卵黄の漬けをのせて、お腹に余裕のある人には3杯目として、だしをかけた一杯も提供している。ついつい食べ過ぎてしまいそうだ。
デザートの「わらび餅プリン」が出て、鶏だしから始まるコース(全14品)はフィナーレ。他に遅めのスタートの「レイトコース」13,200円もある。奥には個室も用意され、会食にもおすすめだ。
※価格はすべて税込、サービス料(10%)別


