〈食べログ3.5以下のうまい店〉

おいしいもの好きのあの人に「食べログ3.5以下のうまい店」を教えてもらう本企画。今回は、連載「森脇慶子のココに注目」でおなじみ、フードライター・森脇 慶子さんがおすすめする、西荻窪にある体に優しい韓国料理店「Onggi」をご紹介。食べログの点数は2025年8月の時点で3.28だが、星4つ以上の評価を付けるレビュアーの多い隠れた名店である。

地元の人だけがそのおいしさを知っている、隠れ家的韓国料理店「Onggi」

西荻窪駅の線路沿いを5分ほど歩けば「オンギ」に辿り着く

「オンギ」とは、韓国で古くから使われてきた“甕”のこと。キムチや味噌、醤油などの発酵食品を保存するために使われてきたもので、韓国の食文化を支えてきたといってもいいかもしれない。そんな素朴で温かみのある甕の名を店名にしたのは、釜山出身のカン・グヌさん43歳。「おいしいものがいっぱい詰まったオンギのように、僕の店もおいしい料理で溢れるお店にしたい。くまのプーさんがハチミツの壺(甕)にハマったように多くの人が『オンギ』にハマってほしいという思いを込めました」とカンさん。もともと音楽に興味を持ち、釜山芸術大学実用音楽科に進学したカンさんだったが、料理に目覚めたのはなんと兵役中。「2001年、19歳で入った軍隊で調理兵に配属されたのがきっかけでした。食べることは好きでしたが調理の経験はなかったんです。でも2年半、毎日朝昼晩と厨房で格闘するうちに料理の面白さ、そして、おいしいと喜んでもらえることへの充足感を感じるようになりました」と語る。除隊後の2009年、日本の音楽シーンに憧れ来日。音楽関係の仕事への就職活動を続ける傍ら、韓国料理店や焼肉店などでアルバイトを続けていたそうだが、やがて日本と韓国双方の“食文化”に興味を持ちはじめ、食の世界に。そして今から9年前、西荻窪で小さな韓国料理店を開いた。それが、ここ「オンギ」だ。

店内は初めてでも入りやすいアットホームな雰囲気

繁華街から少し離れた場所でやりたかったというカンさんが選んだ場所は、西荻窪駅から歩いて5分ほどの立地。通りすがりではなく「オンギ」での食事を目的として来てもらいたいとの思いを反映してのことなのだろう。テーブル1卓、カウンター6席の店内は、こぢんまりとしつつも、カンさんの穏やかな物腰そのままに、温もり溢れる空間となっている。料理は月毎に替わるお任せのコースのみだが、そのコースが実にファンタスティック! といって、決して高級食材を羅列したものでも、SNS映えするものでもない。いや、むしろその逆。韓国の家庭で昔から親しまれてきた料理をベースに、カンさんなりのテイストとセンスを加味して作られる料理は、地味でありながらもしみじみと滋味深い。

日本の地に根を下ろして過ごす中、カンさんの韓国人としての血(或いはアイデンティティ)と日本の食材や気候風土とが無理なく融合し生まれてきたのが「オンギ」の料理なのだろう。それは、カンさんの言葉を借りれば“オルタナティブ・コリアン”ということになる。

店主のカン・グヌさん

「日本と韓国の料理は、どちらもお米が主食であり、醤油や味噌のように日頃使う調味料もよく似ていますが、反面、韓国ではにんにくや唐辛子を多用するなど異なる点も多い。その違いはどこから来るのかと考えた時、“食”は自然に左右されるということに気づいたのです」とカンさん。

それゆえ、その料理も常に自然との対話から生まれている。同じ野菜、例えば大根や白菜も、日本と韓国のそれとでは性質が大きく異なる。となれば、下ごしらえも自ずから変わってくるのは道理。また、暑いか寒いか、その日の気候によっても味付けや調理を微妙に変えているというカンさん。自然に従って料理を作る——これが「オンギ」の料理の根幹であり、おいしさの秘訣でもある。

とろ〜りとしたスープが暑い時期の胃腸に染み入る「コングクス」

「コングクス」

そんな「オンギ」の夏のコース(7,700円)は「コングクス」からスタートした。コングクスとは、直訳すれば豆(コン)麺(グクス)の意味。本来は、豆乳ベースの冷たいスープでいただく麺料理で、蒸した大豆を水と共にミキサーにかけたスープに素麺を入れたもの。動物系スープは使わず、味付けも塩のみというリーンな味わいが清涼感を呼ぶ夏にぴったりの一品は、韓国の夏の風物詩的存在といってもいいだろう。これをカンさんは先附にアレンジ。大豆にアーモンドを加えてコクを増した豆乳は、スープというよりソースのような濃厚さ。そこに素麺ならぬ豆腐麺を忍ばせ、ポーションもグッと小さくして提供。締めの食事的な立ち位置のコングクスが、洒落たスターターとしての逸品に変身。伝統の味を守りつつ、ちょっと視点を変えることで新感覚のテイストを表現する手腕もあっぱれだ。「オンギ」の持ち味の一つでもある。

トロッとした濃厚なスープが暑さに疲れた体を癒やしてくれる

続く“混ぜナムル”も然り。人参、もやし、ぜんまいなどおなじみの野菜にズッキーニなどの旬の野菜をプラス。これらを全部混ぜて召し上がれというものだ。韓国の料理には混ぜて食べる料理がことのほか多い。よく混ぜることで各々の食感や味わいが混然となり、単品で食べた時とはまた一味違うおいしさが生まれてくる。この混ぜナムルも、混ぜあわせることで風味が更に深まり、うまみに奥行きが出る。思わずご飯がほしくなるところだが、マッコリにもピッタリ。ちなみに「オンギ」では3種類のマッコリを用意。その3種のセットメニューもあり、料理に合わせて飲み比べてみるのも楽しそうだ。

マッコリは山梨県発「韓さん生マッコリ」880円と、島根県発「クラフト生マッコリ」1,320円、「クラフト生マッコリ OMONA」1,050円を用意

和食の八寸からインスピレーションを受けた、美しい「前菜の盛り合わせ」

「前菜の盛り合わせ」

続いて運ばれてきたのは「前菜の盛り合わせ」。大きめの皿の上に「カンジャン・セウ」「クラゲの冷菜」「穴子のジョン」「ヤリイカのムルフェ」の4品が小皿に盛り付けられて登場する様子は、まるで和食の八寸のよう。

「カンジャン・セウ」

実は日本に来て間もない頃、カンさんが最初に食のカルチャーショックを受けたのが、会席料理で目にしたこの八寸。というのも、韓国では庶民の料理といえば大抵が大皿料理。少しずついろいろな味が並ぶ“八寸”の佇まいに、韓国と日本の食文化の違いをまざまざと見せつけられる思いがしたのだとか。「日本の食文化に魅せられました」とカンさん。この“八寸”の美しさに引かれ「オンギ」のスタイルで表現したのがこの小皿料理の数々なのだ。

「穴子のジョン」

カンジャン・セウは、おなじみのカンジャンケジャンの海老版で韓国風海老の漬け。穴子のジョンは、溶き卵に潜らせて煎り焼きにした、いわば穴子のピカタだ。一方、ムルフェは、慶尚道や済州島などでよく食べられている郷土料理。冷たい水にコチジャンやきゅうり、調味料を加えて刺身と共にスープ仕立てでいただく夏の味覚だ。そしてクラゲの冷菜は、クラゲとゆでた牛頬肉、きゅうりを大根の酢漬けで巻いたもの。温かい料理あり、酸味あり、甘みのあるもの、歯応えのあるもの等々、メリハリのあるメニュー構成が痛快、マッコリが進むこと請け合いだ。

「ヤリイカのムルフェ」

カンさん流の少し甘めの味付けが食欲を増進させる「オサムプルコギ」

この日の肉料理は「オサムプルコギ」。調理兵時代、カンさんが最も得意としていた料理だそうで、豚肉やイカ、玉ねぎをカンさん特製のコチジャンべースのソースで炒めた一皿だ。

「オサムプルコギ」

曰く「豚肉はバラ肉か豚トロの脂がのっている部位がおいしい。少し甘めが『オンギ』流です」とのこと。上に刻んだエゴマの葉をたっぷりのせたビジュアルも食欲をそそる。見た目だけではない。ややこってりした豚肉とイカの甘辛味に胡麻油にも似たエゴマ特有の香りが程よく拮抗したその味は、300人の兵士たちのお墨付きというのも頷けるおいしさだ。

少し甘めの味付けはマッコリとの相性も抜群

マッコリのビール割りと一緒に味わいたい「チヂミ」

「チヂミ」

「韓国では雨の日にチヂミを食べる習慣があるんですよ」。そう言いながら、カンさんが焼きはじめたのはチヂミ。しとしとと降る雨の音がチヂミを焼く音に似ていることがその所以なのだとか。コースでは季節の味を加えたチヂミを出しているそうで、取材日はとうもろこしとヤングコーン。

調理中のジュージューという音と甘く芳ばしい香りが食欲をそそる

「上手く焼くコツは、たっぷりの油で焼くこと。そして、押し付けないよう気をつけて、空気を含ませるようにじっくり焼いていくとふっくら仕上がります」とカンさん。その言葉通り、焼き上がったチヂミはやや肉厚。周りはカリッと香ばしく、中はふんわりと絶妙の焼き加減。そこに、とうもろこしの甘みやプツプツ感が加わって、つい食べ過ぎてしまいそう。これには、マッコリのビール割り「マッコリビール」がピッタリだ。

「マッコリビール」803円

メインの肉料理は、肉団子風の「トクカルビ」。牛肉のカルビを叩いて作る韓国式ハンバーグだ。が「オンギ」のそれは、肉を細かくせずに粗めに刻み、噛みごたえのある食感を演出。つなぎも入れないその歯応えは、ハンバーグというよりフレンチのステーキアッシュを思わせるテクスチャーだ。

〆の食事はさっぱりと冷麺。鶏と豚肉でとったスープのクリアなうまみをストレートに味わってほしいとあえて酢や甘みを加えずに提供。コースの掉尾をすっきりとまとめてくれる。この後、デザートが出てコースは終了。食べ終えて感じたのは、なんとも言えない綺麗な食後感。食材の持ち味を生かすべく化学調味料は一切用いず、できる限り天然の調味料を使い、一つ一つの工程を疎かにすることなく丁寧に作りあげる。そんな手間暇が料理を通じて伝わるからこその清々しいおいしさ。それこそF「オンギ」の魅力に他ならない。そこには、カンさんの自然に対する敬愛や食材への慈しみ、感謝の思いに満ちた人との繋がりといった目には見えないさまざまな思いがある。それこそがこうした優しい料理を生み出す原動力となっているのだろう。

※価格はすべて税込

教えてくれた人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

食べログマガジンで紹介したお店を動画で配信中!
https://www.instagram.com/tabelog/

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部

撮影:千葉英里