【噂の新店】「柳菜華」

かつて、白金北里通りに「龍虎鳳(ロンフウフォン)」という名の中華の名店があったことを記憶している美食家も多いのではないだろうか。まるで田舎のカラオケスナックのような店内で供される料理は、上海料理をベースに野菜をふんだんに用いたオリジナルな味わいの逸品ばかり。限りなくあっさりした皿が出たかと思えば、現地色の濃いインパクトある煮込み料理が供されるなど緩急をつけたコースメニューに魅せられたグルマンは数知れない。サービスの森田さんと共にこのレジェンド店を支えていたのが柳沼哲哉シェフ。その柳沼シェフの料理を再び味わえる店が、2025年7月7日、赤坂にオープンした。その名も「柳菜華」。

2025年7月7日、七夕の日にオープンした「柳菜華」

「龍虎鳳」閉店後、赤坂「うずまき」「うずまき 別館」等々で腕を振るってきた柳沼シェフ。とりわけ「うずまき 別館」は、超手狭。1日1組・マックス4人までのいわばシェフズテーブルのような予約至難の一軒だったが、「柳菜華」は本店の「うずまき」を新装。ゆったりとしたおしゃれな空間に生まれ変わった。

最大8名まで利用可能な「翠席」

えんじ色を基調とし、円卓のソファが寛いだ雰囲気を醸し出す「紅席」と深翠色を基調とした最大8名まで入れる「翠席」の2つの空間に分かれた店内は、会食にもおすすめの落ち着いた佇まいだ。とはいえ、予約は1日最大8人まで。それも柳沼シェフのワンオペと聞けばやむを得まい。

コースでは、さまざまな味付け・調理法により、野菜を多角的に楽しむことができる

料理は19,800円の1コースのみ。「以前より値段が上がった分、使う野菜の数も増えました」と柳沼シェフ。そこが、まさに柳沼シェフの柳沼シェフたる所以。大抵の場合、フカヒレや鮑など高級食材を取り入れがちだが、あくまでも野菜に特化。野菜ラブな料理人の面目躍如たるところだろう。

「初めて修業に入ったのが、千葉・柏の『知味斎』。ここで、すっかり野菜の虜になりました」と微笑む柳沼シェフ。「知味斎」といえば、日本でいち早く中国野菜を自家菜園で栽培した中国料理店。中国野菜を広めたパイオニアとしても知られる老舗だ。10年近くに及ぶここでの修業の間に、野菜料理の奥深さ、楽しさにのめり込んでいったという。

柳沼哲哉シェフ

その柳沼シェフが野菜愛を熱くこう語る。「野菜はとにかく種類が豊富でしょう。例えば、瓜一つとってみても、マクワ瓜やはぐら瓜、冬瓜に金糸瓜等々いろんな瓜がある。その土地土地に、そこならではの在来野菜もあったりと地方性も豊か。食感もさまざまで楽しいし、季節によっても(野菜の)顔ぶれが変わってくる。嫌いな野菜はまず無いですね」

「龍虎鳳」時代からの野菜愛は少しも褪せることなく「柳菜華」になって更にパワーアップ。10品ほどで構成されるコースは、野菜料理の合間に魚料理と肉料理が出てくるといった塩梅なのだ。例えば、ある日のコースを見てみると、「前菜の盛り合わせ(つぶ貝、岩ガキ はまぐり、牛の叩き、イカ)」「桃の冷製スープ」「糸瓜、マクワ瓜、はぐら瓜、人参、白ゴーヤ、スターオクラ、レンコン、杏、唐辛子」「イサキ、甘長唐辛子」「ハクレイ茸、なめこ、コプリーヌ、やまぶし茸、いちじく」「アスパラ、人参、ゴーヤ、赤い坊ちゃん※、オクラ、杏」「鴨もも肉プラムトマト煮」「冬瓜冷麺」「デザート」といった具合なのだ。

※ミニかぼちゃの品種

「前菜の盛り合わせ(つぶ貝、岩ガキ はまぐり、牛の叩き、イカ)」

コースのスターターとして登場する「前菜の盛り合わせ」は、コースで唯一野菜色が薄い皿だが、甘酸辛で変化をつけた味わいは、食欲を呼び起こすには充分。葱油であえたつぶ貝に、トマトと柑橘の酢風味の岩牡蠣。はまぐりはやや甘めの紹興酒漬けにし、イカは生の山椒ペーストであえ、牛肉は唐辛子で辛口に調味する等々。変化に富んだ味付けの妙はさすが。舌を飽きさせない。

「糸瓜、マクワ瓜、はぐら瓜、人参、白ゴーヤ、スターオクラ、レンコン、杏、唐辛子」

桃のスープでひと心地ついた後、一品目の野菜料理が運ばれてきた。マクワ瓜の器の中には、人参に白ゴーヤ、糸瓜、ハグラ瓜、スターオクラ、レンコン、杏等々8〜9種の野菜がてんこ盛り。一度油通しをしてから豆豉とオイスターソースで炒めるのだが、野菜はそれぞれに火の通り加減が微妙に異なる。そのため、全部ひとまとめに揚げてしまうのではなく、順番に揚げていく手間暇もおいしさの秘訣。加えて、野菜一つ一つのカットも実に大胆! かぶりつけばこその食感の妙味は、野菜ラブな柳沼シェフならではだろう。

それぞれの野菜に合わせて順番に揚げるその手間こそがおいしさの秘訣

この豆豉とオイスター炒めのほか、蒸したり、茹でたり、あるいは胡麻風味や漬物風味で炒めてみたりと、調理法や味付けはその時々の旬の野菜によって変えているものの、いずれも野菜のインパクトの強さは変わらない。

それにしても、こうした珍しい野菜たちを柳沼シェフは、いったいどこで見つけてくるのだろうか。産直なのかと尋ねてみたところ、こんな答えが入ってきた。「豊洲でも仕入れますが、主に道の駅で購入することが多いんです」。旅先でも必ず立ち寄り、購入していると嬉々として話す柳沼シェフ、道の駅巡りはどうやら自身にとっては仕事というより趣味といった方が近いようだ。

「イサキ、甘長唐辛子」

続いての魚料理はイサキの煎り焼き。付け合わせの甘長唐辛子はすり流しとなって登場。このすり流しが滋味深い。ベースのスープは鶏の胸肉と豚の赤身肉でとった清湯。その名の通り、クリアなスープだからこそのシンプルさが野菜の持ち味を邪魔することなく、風味を際立たせてくれる。この後、キノコ類を炒めた一品と漬物風味に炒めた野菜料理が出た後、この日のメインの肉は鴨料理。ここまで来ると、既にお腹は野菜でかなり膨れてきている。

「冬瓜冷麺」

だが、〆の冷麺はそんな満腹のお腹に隙間を与える、冬瓜の冷製あんかけ麺。「龍虎鳳」時代からの人気メニューで、見るからに清涼感のあるそのビジュアルには、思わず手が伸びること請け合いだ。くり抜いたミニ冬瓜の器には、清湯でやわやわに煮込んだ冬瓜と干しエビのあんかけが麺を覆うように盛り付けられている。味付けは塩のみながら、それがかえって素材のうまさを引き出している。

ぷるぷるとした透明なあんかけが涼しげな雰囲気を演出する、夏にぴったりの一品

最後にデザートが出てコースは終了。ドリンクは紹興酒もあるが、ワインが充実。グラス売りはなく、ボトルは7,500円〜。また、柳沼シェフは知る人ぞ知るお茶の名手。そのおいしさもぜひ体験したい。

アルコールは数あるワインの中から料理に合わせてチョイスしたい

※価格はすべて税込

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文:森脇慶子、食べログマガジン編集部

撮影:佐藤潮