【おいしいパンのある町へ】

Vol.17 東京・西八王子「Due Tre(ドゥエ トゥレ)」

多くの人気店がひしめく、全国きっての“パンタウン”東京。そのなかでもパン激戦区として知られるのが、23区から1時間ほどのベッドタウン・八王子。大手チェーン店が人気を博す都心に対し、質の高い個人経営店が軒を連ねることから、パンマニアにとっては欠かせない街だ。

その代表格として知られるのが、ターミナル駅・八王子から中央線で一駅の西八王子駅にある「Due Tre(ドゥエ トゥレ)」。12年前にオープンして以来、その人気はとどまるところを知らない。今では販路を八王子駅、高尾駅の構内から、地元スーパーまで広げ、地元民にとって欠かせない味として親しまれている。

きっかけは「手作りのパンって、おいしい!」という衝撃

「“ドゥエ”はイタリア語で2、“トゥレ”は3という意味。僕の誕生日からとった数字です(笑)」と笑顔で語るのは、オーナーシェフの川崎泰之さん。あえてイタリア語を用いた理由を尋ねてみると「イタリアってどことなく、自由なイメージがありますよね。僕も自由に、新しいパンを生み出していきたいな、という思いが込められています」という答えが。

八王子生まれの八王子育ちという“地元っ子”川崎さんがこの地に店をオープンしたのは、12年前。大学卒業後は営業職に就いたが、「自分の会社を持ちたい」という思いを抑えられず、1年で退職する。とにかく食べることが大好き、と美食家を公言する川崎さんにとって、特別な存在がパン屋だった。「小さい頃からパンは好きで、よく食べていました。でも僕が幼い頃は地元に個人店は少なく、スーパーで買う大手製パン会社のものばかり。パン屋さんの手作りパンを食べるのは、家族旅行のときくらいでした。幼心に、すごくおいしく感じたのを覚えています」

パン屋めぐりで出会った味に衝撃を受けて

そんな思い出から、パン屋めぐりが趣味になっていたそう。「旅行のときは必ず、その土地のパン屋さんを調べて行っていましたね。だから転職しようと思い立った時も、すぐに“パンだ!”と思いつきました」。そして「神戸屋レストラン」に入社し、「神戸屋キッチン」で5年間パン作りを学んだ。

入社後、パン作りの難しさ、そして連日の激務に圧倒されてばかりだったという川崎さん。「サラリーマン時代とは比べものにならないハードさでしたね。それでも諦めずに続けられたのは、やっぱり、楽しかったからかな」。職場で毎日パンを食べながら、休日はパンの食べ歩きをする日々。そこで出会った衝撃の味が、久我山にある名店「ブーランジュリーラパン」だった。

独立はゴールではなく、スタート!

「当時からすごく流行っていたのですが、ひとくち食べて納得しましたね。ハマってしまって、ほぼ毎日通っていたほどです。食事パンがメインの「神戸屋キッチン」に対してこちらは菓子パンや惣菜パンがメイン。自分に足りない知識を身につけたい!と、転職を決意しました」

憧れの「ブーランジュリーラパン」で2年間の修行を経てついに、地元・八王子で独立を果たす。オープン当初、お客さんからは「おいしい」という嬉しい声が上がっていたのに反し、思うように客足が伸びず、悩む日々が続いたとか。「改めて自分が作るパンを見つめ直したときに、翌日食べるとパサパサしていることに気づいたんです。店を流行らせることに必死で、翌日の味まで気が回っていなかった。自分の店で自分の味を生み出すことがゴールだと思っていましたが、じつはそこがスタート地点なんだ、と実感しました」

“自分で表現できる最高のパン”を追い求めて

そこからまた、猛勉強の日々が始まった。「パン関係の本を片っ端から買いあさり、独学で研究をしました。当時流行の最先端だったルヴァン(=発酵種)を取り入れるなど、改良を重ねていると、それに答えるようにお客さんが増えました」。しかしまだまだ満足していない、と川崎さんは語る。

「“自分で表現できる最高のパンは作れているか?”と、自分自身に問わない日はありません。パン業界は日々、進化していますから。“街のパン屋”が減っている時代だからこそ、みんながどんなパンを求めているか、どんなパンをおいしいと感じてくれるかを、意識するようにしています」

 

15種類の粉を使いわけ、配分や酵母との組み合わせを変えながら作り上げるパンは、80種類。なかでも川崎さんが太鼓判を押す人気商品がこちら。

毎日食べても飽きない、ふんわりもちもち食パン

「毎日食べるものだからこそ、一番力を入れている」というのが、10種類ものバリエーションを誇る食パン。全商品のうち売り上げNo.1を独占し続けているのが、最もシンプルな「でか食」。

 

「普通の食パンよりも、ひとまわり大きい型を使っているのが特徴。サイズを大きくすることで保水力が増し、もちもちとした食感に仕上がるんです。小麦の風味を味わってもらうため、バターではなくショートニングを使用。味わいのクセは飽きにつながるため、甘さは控えめにし、素朴な味わいに徹底しました」。でか食(270円)

希少な八王子産小麦で独特の風味をプラスした、長時間発酵のフランスパン

食パンと同じく、改良を重ねている力作。「料理と一緒に食べるお客様が多いので、食パンよりも風味を豊かに。八王子の農家さんから直接仕入れている小麦は、独特の深みがユニーク。さらに外国産より、もちっと感、香ばしさが倍増するんです。収穫量が少ないので、こういった商品を出せるのは個人店ならでは。ぜひとも味わっていただきたいです!」

 

通常のバゲットよりも水分量を増やすことで、外のパリッと感、中のもちっと感のコントラストを際立たせたそう。「水分が多いので歯切れもよく、日持ちも良し。まずはバターのみでシンプルに。翌日はハム&チーズのシンプルなサンドイッチにするのもおすすめです」フランスパン(281円)

とろとろの黒毛和牛がたっぷり! ずっしり大満足のビーフカレーパン

惣菜パンのなかで不動の人気を誇るのが、定番のカレーパン。なんと、黒毛和牛をこれでもか!というほど使用している贅沢さ。「僕自身、お肉が大好きで。個人的にお世話になっているお肉屋さんから“カレーは絶対黒毛和牛がおいしい”とアドバイスをいただき作ってみたら、格段においしかった。6時間コトコト煮込むので、煮崩れしないネックとスネ肉を使っています」

 

持ったとたん衝撃を受ける、ずっしりとした重量感。「カレーの量が少ないと、がっかりするじゃないですか(笑)。ギリギリまで生地を薄くし、どこから食べてもカレーを味わえるのが自慢です。10種類のスパイスをブレンドして味に奥行きを出しつつ、辛さは控えめに。お子様のファンも多いです」黒毛和牛のビーフカレーパン(205円)

フルーティな味わいが口いっぱいに広がる、「フリュイ」

「ルヴァンは酸味が強くて馴染めない、というお客様の意見をいただき、フルーティな風味を加えて食べやすくしたら、たちまち人気商品に。華やかな香りが加わる、グリーンレーズンの酵母を使用しています。生地に練り込んだオレンジピール、カレンツ、クランベリーは、一晩ワイン漬けにすることで風味が増し、大人向けの味わいに。くるみで、食感のアクセントを加えました」

 

切った断面は、まるでタルトのようなみずみずしさ! 「加水系のパンのトレンドを受けて、加水100%(=粉100:水分100)に挑戦してみました。フルーツの香りに負けぬよう、八王子産の全粒粉とフランス産の石臼挽小麦粉で生地そのものの存在感もしっかりキープ。ワインとの相性がとびきり良く、チーズを添えても」フリュイ(626円)

川崎さんに聞く、西八王子の一押しグルメ

「毎食パンでもOK!」というほど、パン好きを宣言する川崎さん。料理の好みは幅広いものの、お気に入りの店はフレンチがダントツで多いとか。そんな川崎さんがおすすめする、西八王子のMYベスト・レストランがこちら。

特別な日のディナーに訪れたい!「モンモランシー」

「フランスで修行をしたシェフによる、本格フレンチのお店。味、デコレーション、店の雰囲気すべてにおいて一流。ディナーは、シェフのおまかせコース一択。全国の契約農家から取り寄せた新鮮なお野菜やジビエは、何度食べても感動します。シェフによるワインのペアリングも外れなし!」

気さくなシェフにホッとする、カジュアルフレンチの「アントレー」

「スタッフの方が全員フレンドリーで、訪れるたびにホッとします。カジュアルな雰囲気で、子連れでも気兼ねなく入れるのも高ポイント。シェフがとっても器用で、メニューにないものも、材料さえあれば作ってくれます。あわびや伊勢海老などの高級食材もリーズナブルで、コスパの良さに脱帽」

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃