【噂の新店】日本橋 川口
寿司屋になろうと決意して入店したのは「すきやばし次郎」。寿司店の中でも修業が厳しいと言われるも、11年間きっちりと勤め独立。小野二郎氏の味を継承した江戸前の握りと江戸料理のつまみを東京産の酒で酌み交わして東京の食文化を体現する!
江戸の町発祥の地、日本橋に新風の寿司店がオープン

3月にオープンした「日本橋 川口」は、レジェンド小野二郎氏率いる「すきやばし次郎」で11年間修業という店主の経歴に加え、伝統的な日本文化と近代的なグローバル文化が交錯することで話題を集めています。

引き戸を開けるとウェイティングスペースがあり、真新しい畳の匂いに日本の文化を感じます。しかし暖簾には店名ではなく川口の「川」「鮪」「暖簾」の3つをイメージしてデザインしたロゴマークのみが描かれています。これは漢字やひらがなを読めない外国人に配慮してのことだそう。

中へ入ると目に飛び込んでくるのが付け場の上にある暖簾。「江戸時代の寿司屋は屋台がベースだったので暖簾がかかっていて、食べ終わるとその暖簾で手を拭いて帰ったそうです。つまり暖簾が汚れているのは繁盛店の証拠で、店にもつけたのだとすきやばしの親父さん(小野二郎氏)から教わりました。だから暖簾は必ずつけようと思いました」と話すのは店主の川口雄大さん。

奥には近江箪笥が置かれ、それに合わせて拭き漆仕上げにした重厚感のあるカウンター、汚れ物が客の目に入らぬように高くした付け台と、寿司屋と言えば一枚板のカウンターという見慣れた趣とは異なる付け場です。令和の時代では暖簾で手を拭くことはしませんが、この店はきっとおいしいに違いないと予感させる設えです。

川口さんはハワイの短大を卒業後、23歳で料理はおろか、包丁を握るのも初めてというレベルで、名前すら知らなかった「すきやばし次郎」に入店したという前代未聞の料理人です。「寿司屋だったら海外で働けるだろうと安易な気持ちで、たまたま求人募集していた『すきやばし次郎』に応募したら入れてもらえて(笑)。そうしたらオバマ元米大統領が来店されたので、すごい寿司屋だってことを初めて知りました(笑)」というエピソードを聞くとかなりの強運の持ち主だと思われます。

「修業は熱々のおしぼりを出すことから始まりました。お客様が席についたらいち早くおしぼりを出すのですが、熱くて絞れないわけです。どうやったら良いかなんて誰も教えてくれないので、自分で考えるしかない。できるようになるとシャリ炊き、そして魚の下処理なので、おしぼり担当のうちから自分で魚を買って捌く練習をしておきました」と、先を読んで準備万端整える川口さんはメキメキと頭角を現し、独立前の4年間は二郎氏の隣に立たせてもらうまでになりました。

その川口さんが独立開業したのは、“風通しの良い江戸前”の寿司店。「すきやばし次郎」で修業したことを活かし江戸から伝わる握りや料理、東京の食材の良さ、そして文化や歴史を知ってほしいという思いと、自身も海外経験があり、またイギリス人である妻のホリーさんのような外国人が心から楽しめる寿司店を作りたかったと話します。
つまみは江戸料理にこだわる

おまかせコース(33,000円)はつまみ5〜6品の後、握りを15貫という流れ。「すきやばしでは握りだけだったので」と考えた末につまみはシンプルでありながら季節を感じ、日本酒との相性も抜群な江戸料理で提供することに。「芝海老の白和え」は、かつて東京湾の芝浦沖で多く獲れたことから名付けられた芝海老を白和えにした料理で、江戸時代に親しまれていたそうです。豆腐と練り胡麻と白味噌で作った和え衣が芝海老のうまみを一層引き立てます。

焼物は「かます」です。酒と塩で下味をつけ、得意料理がBBQというホリーさんが炭焼きします。添えたのは土佐酢におろしキュウリを和えた緑酢。ふっくら、しっとりと仕上げた「かます」に清涼感ある緑酢が夏にぴったり!

こちらも江戸料理の一つです。江戸時代、吉原の花魁が上客に朝食で振る舞ったという「浦里」は大根おろし、鰹節、大葉、海苔、梅干しで作るつまみにぴったりの料理です。そこに川口さんは赤貝をプラスしています。さっぱりとした味わいは焼き物の後に供され、箸休め的な存在としてほっこりさせます。初めて出会う料理が本当は昔から愛されていたと知ると感慨深いものです。
握りは小野二郎氏直伝の本格的な江戸前スタイルを継承

「親父さんの作ったコースの流れが完璧で心からリスペクトしている」と、初夏の握りは淡白な白身から始まり、烏賊、縞鯵、鮪、小肌、車海老、貝、光り物、季節の魚、燻し物、軍艦、鮪手巻き、穴子、玉子焼きで終わります。「赤身」はとろんとして、一瞬「中とろ」かと思わせるほどのやわらかさ。訊けば鮪は「フジタ水産」から仕入れているそう。

そうなると「中とろ」はどうなるの?と考えてしまいますが、食すとさらにとろんとした舌触りで口溶けが良く、脂はのっているけれどとてもクリアで申し分なしの味わい。鮪に合わせているという酢飯は「粘り気の少ない米」「粒が大きい米」「甘みがある米」をブレンドし、「すきやばし次郎」と同じ酢を使っています。酸はしっかり利いていますが、米の甘みで幾分マイルドに感じます。それがこの鮪にはぴったり! 至高の一貫です。

見るからに江戸前然とした「小肌」は天草であがったもの。鮪の後に供するので4日間しっかり締めて酸を利かせ、口中をリセットさせます。「ひねって握るのも大きさも親父さんから学びました」と川口さん。360度どこから見ても美しい!

対馬の「穴子」はほんのり温かく、ふんわり感を強調します。思ったより甘くなく、サラリとしたテクスチャーの煮詰めは、穴子のうまみと酢飯を引き立たせる名脇役!

芝海老のすり身と大和芋を入れる昔ながらの玉子は「くらかけ」という握り方で。しっかり焼いた玉子焼きは密度が濃く、独特の食感が生まれます。
江戸前×グローバルが新たな扉を開く

“寿司はご飯を食べる食事”と考え、酢飯にはこだわりを持つ川口さん。米の輪郭を残しながらもハラリと崩れ、種と融合させるには米の厳選もさることながら、水分量をきっちり量り、炊き加減と切り方を究めることが大切だと話します。その酢飯をベストな状態で口に入れてもらうために、種は9割5分下準備をしておき、付け場では握るだけというのが川口流。

店のある日本橋は江戸ではじめに栄えた町。江戸前寿司のトップに君臨する「すきやばし次郎」出身であれば合わせるつまみは江戸料理しかないと考え、東京産の食材や調味料や酒を使い、東京の職人技が光る寿司店を作りました。さまざまなジャンルの技術や味を寿司に取り入れた寿司店が増えている中、昔から愛されてきた料理、文化や歴史を守る川口さんのスタイルはむしろ新鮮で、大切に継承していかなければならないと思えます。また、バイリンガルでコミュニケーション能力が高く、イギリスと日本の2つの視点で考えられる女将のホリーさんの存在も大きい。料理の腕もなかなかのもので、川口さんの右腕として客をもてなします。伝統料理を愛し、グローバルな感覚を併せ持つ川口さんの“東京産”にこだわった店は寿司シーンに新たな旋風を巻き起こしました。


