「味を追求することでおのずとおいしいフォルムになる」

吉田氏の代表作といえる「モンブラン」。クリームの絞りが非常に特徴的だが、ビジュアルのためではなく味わいを豊かにするためだったと教えてくれた。「マロンのクリームと、土台のパイ『パート・フィロ』のバランスを考えた時、クリームをしっかりと味わっていただくためにボリューム感ある絞り方にすることが自然な選択でした」

確かに、栗の風味を存分に堪能することができる。土台は、一般的に使用されるメレンゲではなくパート・フィロにすることで、クリームとのコントラストを強調。中には大粒のマロンコンフィとマスカルポーネを入れた生クリームが潜んでいる。この「モンブラン」に象徴されるお菓子作りのアプローチは、吉田氏の信念によるものだ。

「モンブラン」970円

「ときおり、今日のパティシエは2つのタイプ―菓子を考案する『クリエイター』と菓子を作る『職人』に分かれていると感じることがあります。私の場合は、まず、食べものを作っているということを念頭に、菓子の見た目からではなく、その味を追求することによりおのずとおいしいフォルムになるという信念のもと、この仕事と向き合っています」(初のレシピ本の日本語翻訳版『Mori Yoshida Gâteaux モリヨシダの菓子』〈オレンジページ刊〉より)

「フラン ヴァニーユ」850円(1カット)

フランは、フランスの伝統的なおやつ。「シンプルなお菓子ほど、実は作るのが難しい」と語る吉田氏は、内側のアパレイユと外側のパート・ブリゼの食感のバランスを追求し、一般的なフランよりもパート・ブリゼに厚みを持たせ、空焼きすることで食感と硬さを保てるよう工夫。アパレイユには牛乳だけでなく生クリームも加え、なめらかで粘度のある口当たりに仕上げている。どっしりと食べ応えがあるが、豊かに香るバニラの風味とザクザクの生地を楽しんでいるとペロリと食べ終えてしまう。「パリの最高のフラン10選」に常連で選ばれており、パリの店舗でも昼前には売り切れてしまうことがほとんどという人気の品。

左手前から時計回りに「ベージュ」920円、「シシリア」970円、「シュー ア ラ クレーム」580円、「ルリジューズ ポム」880円、「ババ トロピック」920円

「ルリジューズ ポム」は、東京店に立つパティシエ・田中啓太氏が考案したもの。フランス語で修道女を意味するケーキだ。シュー生地の中にクリームと共に入っている角切りのリンゴがシャリシャリと食感がよく、コンフィチュールが風味をアップ。飴掛けした小さな生地の中にもクリームが詰まっている。

「ババ トロピック」は、クラシックなババ・オ・ラムのアレンジ。「アルコールではないがラムのように鼻から抜ける香りを持つ材料」を探し求めてパッションフルーツに辿り着いた。中にマンゴーの果肉を忍ばせ、フルーツの風味だけでなく瑞々しさまで感じさせてくれる。

ケーキが端正に並ぶショーケース

「ベージュ」は、もとはチョコレートムースを使ったタルトだったが、春先に軽やかに仕立て直そうとして誕生し、今ではスタンダードとなったメニュー。チョコレートに置き換えられるものを探し、至ったのが紅茶。アールグレイにライムの香りを加えたことで吉田氏の心を奪ったという。そのエレガントなムースの下に層をなす、チョコレートタルトやプラリネの食感も楽しい。

「シシリア」は、シチリア島のピスタチオを使った伝統的なカッサータへのオマージュで、旅で訪れた地で着想を得て新たに誕生したもの。艶やかなピスタチオのムースにフォークを入れると、鮮やかなグリオットチェリーのコンポートとムースの華やかな断面が現れる。

「シュー ア ラ クレーム」は、日本限定の品。「日本人にとって好みを判断する基準となるような定番洋菓子だから」と大切に向き合っている吉田氏。実はシュークリームは、一般的にはパリのパティスリーには並ばない、日本ならではのお菓子。パリでは、年に1度1週間だけ開催する日本フェアの際などに作っていたという。緻密な層をなした存在感あるシュー生地は表面のナッツが風味と食感のアクセントに。中にはなめらかなクリームをたっぷりと閉じ込めている。

「キューブ ドゥ ガナッシュ テ シトロンヴェール」2,800円(左)、「キューブ ドゥ ガナッシュ 67% マダガスカル」2,800円(右)

ショコラティエとしても有名な吉田氏。日本限定のガナッシュを2種類展開する。日本で「生チョコ」と呼ばれ親しまれているなめらかなタイプ。2週間程度日持ちするのでギフトにもぴったりだ。

ラボで焼き上げる「カヌレ」480円、「タルトレット」600円

ショーケースの脇に並ぶ「カヌレ」や「タルトレット ポム」「タルトレット ポワール」などもぜひチェックしていただきたい。吉田氏が手掛ける「カヌレ」は、表面はカリッと内側はしっとり心地よい弾力ある食感で、香り豊かな余韻が印象的。「食感はもちろん、大切にしているのは、バニラとラム酒、オレンジの皮の3本柱のマリアージュです。昔ながらのレシピにはないオレンジを加えることで、香りが口中に広がり、余韻も長くなるようにしています」

「“生と死”をテーマにしたクリスマスケーキです」

「スッシュ ドゥ ノエル」12,000円

最後にクリスマスケーキをご紹介。「スッシュ ドゥ ノエル」は、3年前から作り続けている作品。「製作時期に母を失ったことも重なり、クリスマスの意味を見つめ直して完成しました。ブルターニュの森を犬と散歩していたら、大きな切り株にきのこが生えているのを目にして、死んだものとみなされていた切り株から新たな命が芽吹く様子に、生と死は思うほど離れていないのかもしれないと感じたのです」

切り株の中は、なめらかなキャラメルのムースや爽やかなマンダリンのセミコンフィ、食感のアクセントとなるビスキュイ・ノワゼットなどが美しい層をなしている。カルダモン、クローブ、シナモンなどクリスマスらしい伝統的なスパイスを使用した奥深いチョコレートケーキは、聖夜に相応しい味わいだ。

プレオープンでも大人気だったフラン

11月20~22日のプレオープン期間にも連日オープンの1時間以上前から列ができ、開店後も列が絶えることなく、その人気の高さが伝わってくる。東京にいながらにしてパリのリアルタイムのお菓子を体感できるのはうれしい限り。素晴らしい空間を訪れる高揚感、ショーケースから選ぶワクワク感、テイクアウトしたお菓子を味わう至福のひと時。「MORI YOSHIDA」には幸福が詰まっている。

「MORI YOSHIDA」の紹介動画はこちらから
https://www.instagram.com/reel/DC3naoUBHDR/?igsh=bmFwNzNzcHdrOW1y

取材・文/外川ゆい
撮影/大谷次郎