あえて小さな扉から入る秘密感にワクワクする!
三越前駅からも人形町駅からも徒歩8分という、落ち着きのある場所に肉好きを震撼させるイタリア料理店がオープンしました。
表の大きなガラス扉かと思いきや、入り口は角を曲がったこちらの小さなドア。ちょっと隠れ家っぽくてなんだか胸が高鳴ります。
出迎えてくれるのはシェフの溝口真哉さん。15歳で料理人になると決め辻調理師専門学校へ。フランス校にも進学し、卒業後は大阪の「ラ・ムレーナ」の故・小塚博之シェフのもとで修業。上京し、「アカーチェ」「フィオッキ」「ビオディナミコ」を経てイタリアへ。イタリア全州で食べ歩きながら郷土料理を身につけました。帰国後は滋賀の精肉店「サカエヤ」併設の「セジール」のシェフに就任。肉の神様と称される新保吉伸氏の手当てした肉をイタリアで学んだ技術で見事に焼き上げ、食通たちをとりこにしてきました。
おいしい料理は食材が物語る!
その溝口さんがオープンした「ムレーナ」では、新保氏が溝口さんのために手当てした肉をメインに、通算4年間、イタリア20州で体得した本場の郷土料理をコース(13,200円・税込)で提供します。
こちらは「ミネストローネ」。玉ねぎ、人参、セロリ、茄子、ひよこ豆、からし菜など20種類ほどの季節の野菜を煮込み、仕上げにチーズを削りかけ、「マンチャンティ」のオリーブオイルをたっぷりと回しかけます。
野菜の大半は埼玉県「増田農園」の露地栽培ものを使っており、野菜から出るうまみだけで味付けはほとんどせずとも十分だと溝口さん。ホクホク、とろとろ、野菜の食感が楽しく、それぞれの味わいがダイレクトに伝わります。オリーブオイルのフレッシュな苦味がいいアクセントになっています。
「『サカエヤ』の近江牛は内臓も臭みが少ないので濃縮できるんです」とハチノス、赤センマイ、モウチョウが入った「トリッパ」は、ビアンコ(白)で。「トマト味のロッソ(赤)もおいしいけど、ビアンコの方がモツそれぞれの味が引き立つので好きなんです」と溝口さん。それも食材が上質だからできることなのです。
モツは玉ねぎ、セロリ、ひよこ豆、白インゲン、ニンニクを白ワインで3時間コトコト煮込んで一晩寝かせ、仕上げにタイムで香りをつければできあがり。豆が潰れて自然にとろみがつきオリーブオイルと混ざり合ったソースがトリッパに絡んでふわりと口中に広がると、体中が優しい味わいに包まれます。
肉を知り尽くした完璧な火入れは感動を超える一皿に!
パスタは手打ちと乾麺を料理によって使い分けます。修業先の「アカーチェ」で出会い衝撃を受けたと言う「ウンブリチェッリ」は、北海道産の強力粉などを複数の小麦粉をブレンドして打ち上げた生地を一本一本手で延ばします。
ソースはマッシュルームのラグー。大量のマッシュルームをオリーブオイルと塩で約3時間、弱火で煮詰めて味をギュッと濃縮させました。とにかく香りが高い! 茹で上がったパスタと軽く和えるだけというシンプルの極みです。
まるでうどんのように存在感抜群なパスタはモチッとしたところとやわらかいところと歯応えを感じるところがあり、その凸凹した形状がマッシュルームのラグーによく絡み、衝撃的な食感と味わいです。数えるほどの食材でこんなに心が震えるとは! 溝口さんの蓄積してきたセンスと経験が生んだ逸品です。
「本日用意したのは50日熟成の十勝若牛のサーロインです。とてもいい状態で、ここからも熟成が進み、また違ったおいしさを楽しめます」と、溝口さん。
ほどよい熟成香が感じられるよう、全面をしっかり焼きます。まずはフライパンで4〜5分焼き20分ほど休ませます。2度目は煙が上がるくらい熱したフライパンで2分ほど満遍なく焼き、再度休ませて中に火を入れていきます。
肉の表面に残った油を落としてカリッとした食感にするために、仕上げはグリルパンで2分ほど焼きます。少し焦げ目がつくくらいの焼き色になったら焼き上がり。
一度も芯温を確認せずにこれだけ美しいロゼ色に焼き上げるのはさすがの腕前。サカエヤの手当を経た「十勝若牛」は肉の繊維が緻密でうまみがしっかりとのり、サーロインならではの脂がバランスよく入り、脂のくどさをまったく感じさせません。食感はサーロイン独特のやわらかさがありつつ歯切れも良い。一度こんな肉を食べてしまったら、どんなに遠くても通ってしまいます。
「特に影響を受けたのは初めての修業先である『ラ・ムレーナ』。もう亡くなられて10年以上になりますが、小塚博之シェフはとにかく良い食材をシンプルに調理する天才的な料理人で、本当に勉強になりました。イタリアにいた時に2年ほどバックパッカーでイタリア全州を食べ歩いたことも良かったと思います。それぞれの土地で愛されるイタリアの郷土料理をこういうことなのだと体験できました。そして『サカエヤ』の前と後では肉に対する向き合い方が変わりましたね。この個体はどうしたらおいしくなるかと、毎日焼いて試食して検証したことで、肉の数だけ、いえそれ以上に焼き方のアプローチがあることを知りました」と語ります。
おまかせコースは一口サイズのアンティパストの盛り合わせと1杯のスプマンテに始まり、前菜または煮込み料理、パスタ、口直しのアクアサーレ、肉料理、デザートという流れ。今後は遅い時間にはふらっと立ち寄って、アラカルトで注文できるようなスタイルを目指すとのこと。おいしく食べてもらうためには、手間暇を惜しまない溝口さんの料理に誰もが笑顔になるのです。