教えてくれる人
マッキー牧元
株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。
福岡でマッキー牧元さんの心を打った2軒とは?
旬菜処 畑瀬
きっかけは、丸い味わいの味噌汁だった。うまみが甘く、味噌とだしが仲睦まじく溶け合って、ころりころころと舌を過ぎていく。
「はぁ〜」。一口飲んだ瞬間に、幸せのため息が漏れる。具は葱に糸島おあげで、葱の香りとお揚げの優しい甘みが味噌汁に寄り添って、自然になじんでいる。
「はぁ〜」。笑顔を呼ぶ味噌汁に、目を細めてため息を吐く。干したアジでとっただしだという。
「これでだしをとると、優しい味になるんですわ。ただし赤だしは鰹節だけどね」
そう言って主人はうれしそうに笑った。
「ちょっとだけ白いご飯をよそいましょうか」
娘さんがうれしい提案をしてくれる。
しかし
「いや、そのかわりにぬる燗をもう一本」
このふくよかな味噌汁を肴に酒を飲む。自家製柚子胡椒を少し落とす。
「はぁ〜」はさらに増え、楽しき夜を深く深く膨らましていく。
これがこの店との出会いであり、心を捉えて離れなくなったきっかけだった。その後、星付きの店も有名店も数多く訪れた。だが最近はもうここにしか行かない。
肉より肝や心臓、卵がゴロゴロ入ったスッポンの鍋で滋養を得る。体が熱くなり、脳は興奮し、主人の思いやりが心に染みる。
松茸だけの茶碗蒸しは、たっぷりと入れられた卵地が松茸の香りで膨らんでいる。僕は上の松茸だけさっさと食べて、ふわふわの黄色くやわらかい卵地を少しずつ食べては飲む、を繰り返したのだった。
ある日は「ワラビの昆布締め」「ふきのとう味噌」「クレソンとほうれん草の白和え」「わさび菜おひたし」「イカと土筆、筍とノビルの酢味噌和え」と、野草料理づくしをいただいた。食べれば涼やかな風が流れ込んで体を清め、ほのかな苦みが春の芽生えを教えて喜びに変えていく。
それぞれの料理の甘みの使い方が精妙なのである。これ見よがしではない、それでいながらうまみをのせるギリギリの糖分が、酒を恋しくさせる。
その他、アラの塩焼き、冬の水炊きと雑炊、ふっくらと大きい梅干、柚子胡椒、鯨なます、ふぐ鍋、つくね芋甘酢、昆布締めあらの刺身などなど「料理」というものの素晴らしさと難しさ、その深淵を何度もここで学んだことか。
だから僕は、福岡に来たらもうここしか行かない。