感動を超える料理に出会う

「干し貝柱の炒飯」

その後は複数の中国料理店で料理長を務め2005年に独立、「御田町 桃の木」をオープンします。ソムリエではなく料理人である小林さん自身が中国料理に自然派ワインを合わせた斬新なスタイルは話題騒然となり、料理だけでなくワイン好きも虜にしました。小林さんの料理の魅力は丁寧な仕込みと卓越された技術によって、見た目は食材そのものなのに味わいは本来のものから想像を絶するほど高められること。特にシグネチャーディッシュの一つである「干し貝柱の炒飯」をはじめとする炒め物は食通のみならず料理界の重鎮たちをも唸らせます。

世にも美しい炒飯!

材料は干し貝柱と長葱と卵、そしてタイ米のみで、炒める時間はほんの1〜2分。目の前に置かれたのは“一口で感動する炒飯”でした。なぜこんな炒飯が作れるのかと問うと「干し貝柱はスタッフ総出で細かくほぐす、長葱は2mm角に切る、前日に炊き冷蔵庫で一晩寝かせたタイ米は一粒ごと手でほぐす。この下準備をすることで、卵に火が入り香りが立ち水分のある“ピーク”に合わせて仕上げることができ、味につながる」と小林さん。

本日の「前菜三種盛り合わせ」

本日の「前菜の盛り合わせ」は、「よだれ鶏」「鮑と磯つぶ貝の旨煮」「ハチノスのBBQソース和え」の3品。「私が考える中国料理は香り一番、色が二番、味が三番なんです」と言うように「よだれ鶏」のタレは最上級の油で作るやんわりした辛みの自家製辣油が味の決め手! 鮑と磯つぶ貝は醤油とオイスターソースとニンニクでやわらかな旨煮にしています。冷やすと自然に固まった貝エキスのジュレが絶品! もう一つは質が良すぎて手を加える必要がないと言う高森和牛のハチノスを自家製BBQソース和えに。どれもよく知る料理なれど、一口食べればその次元の違いに圧倒されます。

「KOBAYASHI 特製XO醤 ULTRAstyle」

こちらは“シン・KOBAYASHI中国料理”を象徴する一皿です。「干し貝柱や金華ハムなどを炒めて作るXO醤は油がおいしいんです。それを活かすにはアヒージョが合うのではと長年考えていました」と、伊勢海老や蛤と旬の野菜を自家製XO醤と太白胡麻油でゆっくり火入れします。

伊勢海老は中心だけレアに火入れする

捌きたての伊勢海老は噛むと押し返されそうなほどの弾力。海老本来の甘みにXO醤のうまみが加わり、この上ない口福を味わうことができます。

スペシャリテの自家製XO醤

XO醤は具材をつまみにしたり、料理のアクセントにしたりして具材を食べることが一般的ですが、食してみると小林さんの言う、“油がおいしい”という理由がよくわかります。最高級の具材から出たうまみそのものの油は、イメージするギトギトしているものとは別物、口当たりもサラリとして極上の味わいです。

「地鶏の煮込みそば」

こちらは小林さんの名物料理です。地鶏の「もみじ」を使って作った白湯スープは10秒もすると薄い膜が張ってしまうほど濃厚です。これだけコクがあるのに喉越しはスルスル。どうしたらこんなテクスチャーに仕上げられるのか、一口で誰をも笑顔にするスープです。

「はしづめ製麺」のコシのある麺だからこのスープが活きる

ストレートの細麺は熱々のスープの中でも最後までのびずにおいしく食せます。かん水を入れずにここまで色も艶も美しい麺にはなかなか出会えません。スープを絡めた麺が喉を通るとその豊かな味わいに言葉が出ず、ただ頷くばかりです。

同じエスプリの異なる二つの世界を堪能する

「舌は体調によって変わってしまうので調味料の分量は手で覚えます」

10品のコース料理を食べ終えて感じるのはとても体に優しいこと。「食材には“おいしい瞬間”があります。その前後ももちろん使えるのですが私はベストなタイミングを見極めて食材を使用しますし、中国料理の要とも言える油も辛みもその食材にとって必要な量しか使わない」と、食材の最高のポテンシャルにこだわり、培った技術でまだ見ぬその先へと導きます。

「桃李不言 下自成蹊」は司馬遷の「史記」の「李将軍列伝」において、李廣の人物を讃えるために引用したことわざ

小林さんの料理理念は、桃や季(すもも)はものを言うわけではないが、美しい花を咲かせ、おいしい果実を実らせるので、自然と人が集い、そこに蹊(こみち)ができるという意味の「桃李不言 下自成蹊」に由来しています。「きちんと手をかけておいしいものを作り続ければ、どれほどシンプルに見える料理であっても、その奥に潜む真髄と魅力はお客様に伝わるものと信じています」と言うように、ここで供される過去と現在の料理には同じエスプリが一貫して通っています。

エントランスにある石のオブジェ

「桃の木」時代から構想してきた新しいことへの挑戦をする場所として「KOBAYASHI」が誕生しました。「桃の木」から「KOBAYASHI」へ。小林さんの新たな章が始まったのです。


文:高橋綾子、食べログマガジン編集部 撮影:松園多聞