食通を唸らす名店がついに東京に上陸。「長谷川稔」に迫る!

「長谷川稔」。立派な表札を掲げているかのような、一見ちょっと不思議な門構えの建物が、閑静な広尾の街に現れました。実はこちらは、知る人ぞ知る名店だった北海道江別市の「リストランテ薫」の長谷川シェフが、2018年4月にオープンしたレストラン。北海道時代は「地ビーフ」「蝦夷鹿」など地元の貴重な食材を巧みな技術で料理し、その情熱と探究心で多くの食通を引きつけていました。

そしてこの春、満を持してシェフ自身の名前「長谷川稔」を店名に掲げ、広尾という土地で新たな挑戦をスタート。東京への進出理由は「好奇心」だそう。このお店の特徴は、「長谷川稔」そのものを体現したと言ってもいい、ジャンルにとらわれない唯一無二の料理がいただけるということ。

お店のジャンルはフレンチではあるものの、コースを食べる人によっては、イタリアン、はたまた和食のような印象を抱く人もいるんだとか。「例えばスペシャリテである甘鯛は、調理法は洋風ですが味は和風なのでフレンチ要素があまりないですね。コースの中にはパスタも出ますし」と言うシェフ。フランス料理の枠にとらわれることなく愚直に美味しさを追求した皿は、ファンの間では「長谷川料理」と呼ばれることもあるそう。独自の哲学や世界観を持ち、それを貫く朴訥なシェフ「長谷川稔」の魅力に迫ります!

1階の個室4名と2階のカウンター席4名という限られた空間の中、長谷川シェフの創り出す渾身のフルコース(15,000円)がスタートします。

1階の個室は、シェフの調理する姿を見ながら料理を楽しめるシェフズテーブル。店内はいたってシンプル、料理に集中できるように工夫されています。さらに個室には、車が横付けできる外から直通の入口があるので、他のお客様に会うことなく入店でき、お忍びの食事会にも最適な空間です。

全てが4番バッター級!渾身のフルコース

全てがメイン料理?と思うほど、1品目から最後までしっかりとしたポーションの「体積のある料理」が、このお店の特徴です。見た目は決して華やかではありませんが、口に入れた途端に果てしない広がりを感じさせる絶品料理の数々。コースの一部の料理をご紹介します。

甘鯛

甘鯛の鱗焼きは、水と塩と出汁だけで仕上げた「海」を感じさせる一皿。見た目や食感をよくするために鱗を立たせる調理法も見かけますが、「鱗を立たせることにはあまり意味がない」という長谷川シェフ。逆に鱗を丁寧に寝かせた後、2時間にも及ぶ絶妙な火入れで、皮は香ばしく、身はしっとりと焼き上げます。

 

使う食材は築地での調達ではなく、すべて産地直送だというから驚きです。今のところは、北海道時代に培った生産者との人脈や信頼関係を活かして、北海道産のものを使用することが多いそう。

冷たい素揚げの土佐茄子とリコッタチーズ、卵黄を絡めたリゾットの上に、焼きたての鰻をのせた、食感と温度のコントラストが楽しめる一皿。

鰻の専門店にもひけを取らないほどの徹底的な下処理を施しているという鰻は天然物で、パリッとふっくらした仕上がり。見た目はシンプルな料理も、プロセスは複雑かつ難解。料理を徐々に磨いていき完璧に近づけていく、それが長谷川シェフの美学です。

「美味しいものを作ろうという考えはあまりないですね。美味しいものって既に沢山ありますから。それよりも、自分の描く理想のイメージから逆算して物事を考えて、世の中に未だに眠っている光る何かを、自分の元へ手繰り寄せていく感じです」。人と比較することなく、自然に耳を傾け、自身の道を創造していく。その独自のスタイルは、北海道から東京に移り住んでも変わることはありません。

月に1、2回ほど、いい物が入った時にしか提供しないという貴重な「猪」は、愛媛県大島産。「素材そのものを味わって欲しい」という思いから、味付けはいたってシンプル。食材が完璧なので余分な味付けはいらないのですね。

「僕の作る料理は、熱々の瞬間がピークに美味しい。1秒ごとに味が落ちるので出来立てを味わって欲しい」というシェフ。決して華やかではないその一皿には、咀嚼すること、美味しさを噛みしめることの喜びが詰まっています。

 

いざ猪肉を食べてみると、素材が持つ力強く奥深い味に圧倒され、食べることは「生命」をいただくことであると再認識させられます。長谷川シェフの「食材に対する敬意や尊敬」と、「全てに感謝してこの瞬間を味わう」という食の原点回帰へのメッセージを感じさせる一皿です。

デザート

専属の若きパティシエールが作るデザートは、組み合わせの妙にセンスが光ります。高知県産の小夏のムースに、エストラゴンとバジルの2種類のハーブを使ったシャーベットは、夏の訪れを感じさせる爽やかな一皿。

さらに、小菓子の「塩バニラのクッキーシュー」と「フェンネルガナッシュのマカロン」。和三盆を使用することで上品な甘さに仕上がったデザートは、「次の日にももたれない料理を」という長谷川シェフの考えによるもの。

食文化と料理に情熱的に恋をする、長谷川稔の世界へ

以上、今話題の新店「長谷川稔」をご紹介しました。皆さんも「長谷川料理」を体験しに、足を運んでみてはいかがでしょうか。

撮影:大谷次郎