東京で最も歴史あるレストランガイド『東京最高のレストラン』編集長・大木淳夫さんが教えてくれた、抜群においしいピザが食べられる新店をご紹介。

 

大木さん

オープン前からインスタをフォローしていて、これはいいお店の匂いがする!と感じていたのですが、やっぱり当たりでした。久しぶりにおいしいピッツァに巡り合えてうれしくなりました。

薪窯の高温で焼き上げられたピザ。香ばしい香りやとろりと溶けたチーズがたまらない

生地の配合はオリジナル。機械は使わず手でこねる

小田急線・参宮橋駅からほど近い、静かな住宅街。その一角に今年5月にオープンし、早くも人気になりつつあるピザの店が「SAM」だ。

壁一面のガラス窓がオープンな雰囲気の店内には、薪窯を囲むように設えられたカウンター。10席ほどとコンパクトながら居心地のいい空間で、店主・後藤崇暁さんが料理を作る様子を間近に見ながら、焼きたてピザとナチュラルワインやクラフトビールが楽しめる。窯は大正時代から続く日本橋「山宮かまど工業所」のもので、営業が始まる前に火を入れ、1時間ほど空焚きをして準備を整えている。

存在感のある薪窯が店内の真ん中に。窯が置ける物件探しに2年以上かかったそう

20代はバンドで音楽に打ち込んでいた後藤さん。30歳を迎える頃、ふと「自分が好きな食べ物を作れるようになりたい」と考えたことがピザ職人を目指したきっかけだった。三鷹駅近くの「武蔵野カンプス」で、近藤輝太郎さん(現・「タコスショップ」店主)に一からピザ作りを学ぶこと約6年。その後店長を引き継いで、70近く席数がある店を6年にわたって切り盛りした。自分の店を持つことを意識した時、今度は一人で回せるサイズでやってみたいと思ったそう。 

店を一人で切り盛りする、オーナーシェフの後藤崇暁さん

ピザの生地に使用している全粒粉は、代々木上原「カタネベーカリー」のもの。オーナーの片根さんが群馬県で共同栽培している「まほらま小麦」だ。「片根さんの小麦粉は水分の飛び方や食感が面白いので、以前から気になっていました。自分の店を開くにあたって生地にオリジナリティを出したいと考え、お願いして使わせていただくことに。フランスパン用の準強力粉と合わせて使っています」

生地を寝かせる時間も、その日の状態によって変えている

配合した粉は、機械を使わず手でこね上げる。「前職の時、機械が壊れて仕方なく手でこねたことがあったのですが、それが思いのほか楽しくて。大きな店で手ごねを続けるのは無理がありますが、この店なら問題ありません。生地の状態は気温や湿度によって日々変わりますが、自分の手でこねることで、そうした微妙な変化もよくわかります」

このやり方だと、仕込める量は1日に30枚分ぐらいが限度。それでも「たくさんの人に食べてほしいけれど、無理をするつもりはないんです」と話す。

目の前で焼き上げられる様子に、ワクワク

後藤さんのピザは、時々、ちょっとだけゆがんだ形に焼き上がる。というのも、形を作る時「丸くすること」にあまりこだわらないからだ。

「生地を延ばす時は、必要以上に触らないようにしています。触りすぎると生地のチカラが抜けるというか、発酵しているものなので、ガスがどんどん抜けてしまうんです。なので、丸くなる時もあれば、そうならない時もあります」

炎の様子を見ながら、ピザを窯の中に滑り込ませる

窯に入れたら、ほんの90秒ほどで焼き上がり。焼きたてを目の前で切り分け、サーブされるピザのおいしそうなことといったら! 焼き色、香り、切り分ける音のすべてが食欲を刺激する。

「マルゲリータ」と「マリナーラ」

「マルゲリータ」1,980円/テイクアウト1,944円

初めてのお客さんに後藤さんがおすすめするのは、おなじみのマルゲリータと、シンプルなマリナーラ。特にマリナーラは、自分でもいちばんのお気に入りだそう。「このピザが生まれたナポリでは、船乗りのお弁当と称されるそうです。具材はトマトソース、にんにく、オレガノ、バジルだけと本当にシンプルで、チーズも使いません。職人の腕の見せどころのようなピザだと思います」

「マリナーラ」2,200円/テイクアウト2,160円
 

大木さん

私のイチオシはマルゲリータ。トマトソース、モッツァレラチーズ、バジルのみというシンプルな構成要素で、なぜこれだけおいしくできるのかと驚きました。ピッツァは400℃以上の高温で焼かれて熱いので、ナイフとフォークを使い、先端から丸めて食べるのが王道です。しかし、私は少し冷めてきたら手でもいただきます。ピッツァを食べてる!って感じがして楽しいものですから。

「ンドゥイヤとモッツァレラ」

「ンドゥイヤとモッツァレラ」2,750円/テイクアウト2,700円

南イタリアのソーセージ、ンドゥイヤとモッツァレラチーズのピザは、スパイシーな味わいが後を引く。「ンドゥイヤは材料に豚のモツを使っているので、火を入れると脂が溶けてソースになるんです。ちょっとピリ辛で、ビールが飲みたくなりますよ」

「ジャガイモのカチョエペペ」

ピザのほか、窯焼き料理も魅力的なラインアップ。季節の野菜を使ったものが多く、産地は後藤さんの地元・調布や、出身地・京都の福知山など、自身にゆかりのある食材を大切にしているそう。ジャガイモのカチョエペペも、そんな一品。

「ジャガイモのカチョエペペ」990円

「揚げ焼きっぽくしたジャガイモに、ペコリーノチーズと黒胡椒をたっぷりかけて。ジャガイモはその時々でおいしい品種を使います。メークインなど粘りのあるタイプより、キタアカリなどホクホク系がいいですね」

 

大木さん

シンプルながら、うまいに決まっている逸品。クラフトビールとぜひ。