【噂の新店】「中華バル サワダ」

今年は年明けから何かと中華の動きが著しい。「トゥーランドット」出身の平賀大輔シェフの独立店・渋谷「オン ザ テーブル チャイニーズ」や麻布台ヒルズ内のラグジュアリーホテル「ジャヌ東京」にオープンした「虎景軒(フージン)」、そしてミシュランの三つ星を持つ「北京新源南路店」をはじめ中国各地でミシュランの星を獲得している「新栄記(シンロンジー)」の日本初上陸店などなど。話題の店が目白押しなのだ。

店舗は、注目のレストランが集まる4Fの奥にある

そんな中、あの「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」にも、今年1月16日、ミシュランの一つ星を持つ大阪「中国菜エスサワダ」の姉妹店がオープンした。「中華バル サワダ」がそれだ。澤田州平シェフの東京進出は2020年。コロナ禍突入の間際「中国菜 エスサワダ 西麻布」をオープンさせているが、今回はよりカジュアルなラインで勝負。コースもあるものの、アラカルトを前面に押し出す形で気軽に楽しんでもらえる店づくりにしたという。

その店を任されたのが吉田浩明シェフ42歳だ。聞けば吉田シェフ、生まれは中華街だそうで、実は知る人ぞ知るサラブレッド。なんと焼売で名高いあの「清風楼」が実家なのだ。「清風楼」といえば、作家の池波正太郎も愛した中国料理店。氏のエッセー「むかしの味」(新潮社)でも同店の料理について触れているほど。料理人になることは至極自然な流れだったのだろう。

吉田浩明シェフ

18歳で永田町「桃貴楼」(現在は閉店)に。その後、「福臨門魚翅海鮮酒家」に入り、1年半で「赤坂璃宮」に。銀座店のオープンに際してオーナーシェフだった譚シェフからスカウトされ、ここで8~9年間みっちりと研鑽を積み、グランド ハイアット 東京の「チャイナルーム」を経て、中華街の老舗「揚州飯店」の料理長に就任。9年間厨房で指揮を執った後、同店の料理長に抜擢されたというわけだ。

店内のメインはテーブル席で奥には個室もある

「澤田さんからお声をかけていただいた時、店の立ち上げから一度関わってみるのもいい経験かなと思って」と吉田シェフ。澤田シェフから全面的に信頼されているのだろう。「サワダ流特製麻婆豆腐」1,650円や「サワダ流ゴマ担々麺」1,760円など澤田シェフの人気メニューはきちんと押さえつつも、メニューは、吉田シェフテイストが前面に表れている。

「咸魚焼売」990円(3個入り)

そのいい例が、オリジナルの「咸魚焼売」。咸魚(ハムユイ)とは、塩漬けにして発酵させた魚のことで、くさやのような独特の風味を持つ旨みの濃い食材。香港では、この咸魚の一片を豚ひき肉にのせて蒸した、蒸しハンバーグ風の“咸魚肉餅”が庶民の定番人気メニューだが、吉田シェフはなんとこれを焼売にアレンジ。

包み立ての咸魚焼売

思わず、なるほど!と膝を打った逸品だ。これまでありそうでなかった発想の転換。肉餅も焼売も(広東料理の世界では)極めてベーシックでおなじみの料理ながら、この2つをドッキングさせることになぜ今まで気づかなかったのだろうと、目から鱗の思いで蒸し立てを頬張れば、味わいはまさに肉餅。だが、厚みがある分、ジューシーさもひとしお。咸魚の風味も強すぎず、品よく肉の旨みと溶け合う。

高橋歩シェフ手製の焼売

この焼売は吉田シェフの手によるものだが、その他の点心類はベテラン点心師の高橋歩シェフが担当。吉田シェフ同様「赤坂璃宮」で研鑽を積んだ経歴の持ち主で、幕張のホテルでは料理長も務めたほどの手練れ。その高橋シェフによる点心が素晴らしい。

「蒸し点心3種」(通常はコース内で提供)、単品注文の場合は「エビ蒸し餃子」「エビとニラの蒸し餃子」「エビと豚肉の広東焼売」各990円(各3個入り)となっている

香港飲茶の代表格「エビ蒸し餃子」に、ニラのグリーンが翡翠色に透ける「エビとニラの蒸し餃子」、そして粗く叩いた豚肩ロースや海老のプリプリした食感が特徴の「エビと豚肉の広東焼売」とスタンダードなアイテムが並ぶ。おなじみの味だけに、味の違いも明白。もっちりとした皮の薄さも「エビ蒸し餃子」と「エビとニラの蒸し餃子」では厚さを微妙に変えるなど細やかな手間ひまが品格のある美味を生み出している。

さて、飲茶と並ぶ香港庶民のソウルフードといえば、チャーシューなどの焼き物。広東料理畑を歩んできた吉田シェフだけに、品目こそ少ないものの思い入れは強い。新潟のもち豚を用い焼きたてで提供するチャーシューはもとより、おすすめはなんと言っても“脆皮鶏”こと「クリスピーチキン」だろう。吉田シェフが「これを覚えたくて福臨門に入った」と言うほどの意欲作だ。鶏は皮が厚く皮下脂肪があり脆皮鶏に向いている熊野地鶏を使用。「特に肩からお尻にかけての脂のノリがいい」と吉田シェフ。

クリスピーチキン特有のサクパリ食感は、じっくりと火入れをすることで生み出される

これを従来通り、丸鶏のまま塩をまぶした後、熱湯をかけて皮を張らせ、酢水に水飴を加えた皮水をかけたら半日しっかり干すという下準備が、“脆”の名の如きサクサクパリパリの食感を生む鍵となる。低温の油を回しかけながら、徐々に温度を上げじっくり火を入れていく。その按配も手練の技だ。

骨の髄まで楽しめるのは丸鶏ならでは

狐色の光沢を見せるクリスピーチキンは、香ばしい皮に対して身はしっとりと柔らかくジューシー。腿や胸、手羽など各部位を味わえるのも、1羽丸ごと調理すればこその醍醐味だろう。半羽でも3~4人で充分楽しめる。

「シェフお薦め国産銘柄鶏のクリスピー揚げ2種調理法」は、1羽(クレープ8枚)/11,000円、半羽(クレープ4枚)/5,940円、クレープは1枚550円で追加可能

また、中華版クレープといった可麗餅で、北京ダック風にスライスした脆皮鶏やきゅうり、ねぎ、紅芯大根を巻いて提供するスタイルも興味をそそる。同店ならではの一味違った食味が舌をリセットしてくれる。ちなみに、このクリスピーチキンは数量限定。どうしても食べたい時は、予約をした方が無難だろう。

可麗餅で包んで、2度おいしい

クリスピーチキンが「中華バル サワダ」としての看板料理なら、吉田シェフ自身の(密かな)自信作は、“湯(タン)”ことスープ。開口一番「やっぱり僕はスープが好き。ゆくゆくはスープに力を入れていきたいと思っています」と力強く語る。そんな思い入れの詰まった一品がこれ。写真下の「菜胆燉花菇(花椎茸と白菜の蒸しスープ)」1,375円だ(スープは要予約)。

「菜胆燉花菇(花椎茸と白菜の蒸しスープ)」

干し椎茸と白菜に加え、手羽先や枸杞、龍眼、生姜等々を入れ、水から蒸すこと約6時間。蓋を開ければ、それぞれの食材から滲み出た旨みや香りが渾然一体となって鼻先を擽る。それは、一口飲んで「おぉっ」と唸る旨さではなく、しみじみと舌に染み入るおいしさ——とでも言えばいいだろうか。

スープの具材は至ってシンプル

具の白菜も手羽先も、そして干し椎茸も取り立てて高価な食材ではなく、日常の延長にあるもの。そんなありふれた食材を、手間暇かけて逸品に仕上げる。そこに吉田シェフの真骨頂がある。殊更に奇を衒うわけでもなく、フカヒレはあるとはいえ、トリュフだキャビアだと高級食材に頼ることもしない。「当たり前のものを当たり前に作りたい」。そう静かに語る彼のこれからの挑戦に注目したい。

写真:お店から

中華バルと謳うように、アルコールの種類も豊富。ソムリエが選んだワインも、中華に合わせてスタンダードなものからレアなものまでそろえている。グラスワインは1,100円〜。料理も、点心類を除いて総じて1皿1,400円以上と、確かにバル価格としては幾分高め。だが、そのクオリティは街場のきちんとした広東料理店に決してひけを取らない。“ビストロ”という名の高級フレンチがあるように、ここも“バル”という名の中華料理店と思えば、コース8,000円~も決して高くはないはず。吉田シェフに相談すれば、クリスピーチキンやスープを組み込んだオリジナルコースも1万円からOK。奥には個室もあり、ちょっとした集まりにも重宝しそうだ。

撮影:佐藤潮

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部