教えてくれる人

マッキー牧元
株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。

高知でマッキー牧元さんの心を打った2軒とは?

トラットリア トロ ドーロ

「日本で一番イタリアンの人口密度の高いといわれる京都から、人口密度の低い高知に来ちゃいました」。人の良さそうなシェフは、そう言って苦笑いした。
彼は京都で修業し、高知で店を開いた山本シェフである。しかしその素振りには、微塵も大変だという気配はない。

高知でイタリア料理を、しかも郷土料理を普及させるのは大変だろうなと思ってメニューを開くと、なんとイタリア郷土料理が35種類もある。
「これお一人で大変ですねぇ」と言うと、
「いやそうでもないですよ」と言われる。
変態のにおいがプンプンだ。

白いんげん豆とレンズ豆のスープ

しかも煮込み料理や豆料理がずらりとある。リッボリータ、ランプレドット、猪のラグー、レモン風味の豚のラグー、ペポーゾ。すべて手間暇のかかる仕込み仕事である。

生パスタも6種類ほどある。それをすべて一人で作っている。
やはりこの人は、変態である。
ということで初めて訪れた時から大ファンとなって、もう4回も訪れてしまった。

2度目に訪れた時にやられた料理がある。
それは「リッボリータ」であった。
白いんげん豆や黒キャベツ、香味野菜、パンなどを煮込んだ野菜がたっぷり入ったイタリア・トスカーナ地方の伝統的な食べるスープである。東京でもやられている店は少なく、ましてやランチに出している店など聞いたことがない。

リッボリータ

それなのにランチのパスタ料理に混ざって、わざわざ『パスタ料理ではありません』と後書きされているのがかわいい。
そこで聞いた。
「ランチでこれ、頼む人いるの?」
「いません」
「じゃあ夜、たまに頼む人がいるんだ」
「いません」
「この器もリッボリータ用に買ったのですが、今まで誰もいません」
誰も頼む人がいないのに、自分が作りたい、伝えたい料理を作り続ける。
もう3年も作り続けているという。
「リッボリータ用に、トスカーナのパンも焼いています」
立派な変態だ。

「イタリアには、正統リッボリータを認める協会があって、そこの認定をいつか取りたいと思っています」
夢みる変態は、リッボリータを作り続け、つまるところ賄いとなってしまうという。

食べました。優しい。実に優しい。
豆の甘みと野菜の甘み、そしてパンの甘みが境界線なく一つとなって、丸く、舌と心をなでる。イタリア人でもないのに「懐かしい」と言いたくなる、そんな味だった。
「へぇカーボロネロ(黒キャベツ)が入っているんだ」と言うと、
「そこをわかってくれるところがうれしい」と、相好を崩した。
その後も食べたが、次第に味がふくよかになっていた。
聞けば高知市の潮江地区で栽培されていた伝統野菜で、潮江菜(うしおえな)という山東白菜に似た野菜を入れているという。潮江菜、パン、玉ねぎ、にんじん、セロリ、白いんげん豆、黒キャベツが手を結んだたくましさがスープの中にあって、一口食べるたびに心が満たされていく。
飲みながら、愛する人たちのことを思い浮かべ、食べさせたいと願う、そんなスープだった。

イタリアで、どこにでもある野菜と余ったパンから生まれた素朴な知恵が、高知で生かされる。その瞬間に出会えたうれしさに体が震えた。
誠意を込めた丹念と常により良き答えを求める丁寧は、人の心を捉えるのである。
その真実に触れた瞬間でもあった。

それ以外の料理のことも書いておこう。
パニーニに挟んだ、日本では珍しい提供の仕方の「ランプレドット(フィレンツェの牛もつ煮込み)」。

「日本ではバスケッタ(深い皿盛り)での提供はあるけど珍しいですね」と言えば「はい狙いました」と、ニヤリ。

でもそれって、高知の人がどれほどわかってくれるんだと、突っ込みたくなる。
そのランプレドットはトロトロに煮込まれて、脂の甘みとサルサヴェルデの辛みのバランスが良く、思わず顔が綻びる。

ケイパーとオリーブの風味を効果的に利かせた「自家製バッカラのリヴォルノ風」は、なんといってもバッカラ(干し鱈)の戻し具合が、ピタリと決まっている。

パスタは「シエナ伝統のパスタのピチ」を選んだ。
これは、なんといってもニンニクを利かせたトマトソースが素晴らしい。ニンニクの利かせ方が凛々しく、トマトソースの煮詰め方もいい。そんなソースが、ピチ(太麺のパスタ)に絡んでたくましく迫ってくる。

他のパスタ料理では、香りのまとめ方にやられる「羊とピーマンのラグーのキッタラ」。

全粒粉による素朴な味わいの幅広パスタが、煮込んだイノシシの力強さを受け止める「全粒粉を練り込んだパッパルデッレ  国産イノシシのラグー」。

塩だけで豚肩ロースのブロックを1日寝かせてから、白ワインと玉ねぎ、にんじん、セロリでやわらかくなるまで煮込んだ後、レモンの皮をすりおろして、仕上げにバターで絡めたという「四万十豚のラグーレモン風味、タリオリーニ」。

食べながら「イタリア料理を食らっているぞー」と立ち上がり、大声で叫びだしたくなる。どれもそんな高揚感を与えてくれるパスタ料理である。
しかも食材は、すくも豚、土佐鴨 、夜須フルーツトマト、自家製ボッタルガ(カラスミ)、四万十鶏、土佐和牛カイノミと、高知の食材でそろえている。

東京には、優れたイタリアンが山ほどある。
一方高知は、イタリアン自体が極めて少ない。
それなのに、またここへ来たくなるのは、そんな料理の変化と山本シェフの誠意に会いたくなるからなのだ。