麺房 三宅

「ミルフィーユうどん」。
そう勝手に呼んでいるうどんが高知にある。
ミルフィーユ? 高知でうどん? そう思われたかもしれない。
ミルフィーユは後ほど説明するとして、高知うどんの疑問から説明しよう。

うどん消費量は全国30位であるが、実は優れたうどん屋が数多くある今まで二十数軒行ったが、特徴がないのが特徴で、さまざまなうどんのバリエーションに会うのが面白い。その中で高知市伊勢崎町にある「麺房 三宅」は、うどん自体の旨さが群を抜いている。

店は閑静な住宅街の中にひっそりと佇んでいる。しかし、中に入ると満席で、大勢の客が一心不乱にうどんをすすっていた。中庭にも席があって、春から秋はここが気持ち良い。

ここのうどんの実力は、まず「ざるうどん」を食べてもらわないとわからない。早朝から打っては寝かしを繰り返し、どこにもないうどんを作る。
噛むとやわらかいが、芯に幾重にもコシがある。
つまりやわらかい、強いコシ、やわらかい、強いコシが層になっている。

そんなうどんの個性は、ざるが一番発揮される。
「ざるうどん」550円は、うずら卵、胡麻、ネギ、天かすとつけ汁が添えられる。
つけ汁につけズズズッとたぐれば、平たい麺が唇をくすぐりながら口に登ってくる。
箸で持ち上げ、口中に吸い込むと、むにょーんと伸びた。
途中、歯で切ろうとしたが切れない。
そしてほんのりと小麦粉の甘い香りを口の中に広げながら、二十数回ほど噛むと消えていく。だが口は、その不思議な食感を覚えていて、すぐに次のうどんへと箸を向かわせる。一旦この魅力に気づいたらもう抜け出せない。

噛んだ一瞬は柔いなぁと思うのだが、噛んでも噛んでも喉に消えていかない。
讃岐うどんは男性的な凛々しいコシがある。だがこれは、一瞬穏やかな表情を見せながら、芯に“はちきん(土佐弁で「男勝り」)”のたくましさが燃えている。あるいは、男勝りで気が強い高知の女性である“はちきん”の中に、優しさを見たような感じもある。
その二面性というか、複雑さにハマるのだな。
他県からの人に食べさせると「これは噛む喜びがあるね」「ちょっとクセになる」「香川でも博多でも京都でもないうどんの魅力がある」と、ベタ褒めである。

ご主人の秋山辰雄さんは、昼からの営業のため毎日朝5時から始動される。
生地を作り、一旦寝かせる。寝かせている間に天ぷら作って、朝食を取る。
8時になると、3回ほどに分けて打ち、寝かせるを繰り返す。
最初硬めに生地を作り、層を作っていくのだという。
つまり生地の層には、火が通りきらない状態を作る。
たくましいコシがある層とやわらかい層が重なり合う、うどんのミルフィーユとなっているわけである。さらに時間をかけ熟成させながらやると、芯がないのにコシがあるうどんに仕上がるのだという。

ゆでるのは注文を受けてからではない。事前に35分間ゆでるのである。
ある程度、客が来るのを見越して、うどんを長くゆでているのだという。
こうして、あのやわらかさとコシの強さという両極が生まれるのである。

やわらかいのにコシがある。
こんな魅力を持つうどんは他にはない。
「手間暇かけるから、常にいい状態のうどんなんです」
そうご主人は胸を張られた。

「きつねうどん」のつゆは、昆布の味がスッキリ出て上品である。
そして何より、お揚げがふっくらとして出汁が染みて、しみじみとおいしい。
出汁は、羅臼と日高昆布を混ぜ、メジカと鯖節で取っているという。

もじゃやねん
出典:もじゃやねんさん

「とろろの温ぶっかけうどん」。山芋と卵の甘みが、噛んでいくうちに、うどんのほのかな甘みと共鳴し始める。

「肉おろし」もいい。
たっぷりのネギときゅうりの細切り、ゆで卵、おろし、甘辛く炊いた牛肉がのっている。

さらには、おかみさんの秋山ひとみさんが、無添加ルーとミンチ肉、特別にスパイスを調合して作っている「カレーうどん」もおすすめである。
辛いが品のいいカレーうどんで、黒七味をちょいとふりかければ、味わいがグッと複雑かつ辛くなり、これまたとりことなる。

温かいつゆと合わせた「わかめとじあんかけうどん(梅入り)」もおすすめしたい。
わかめの「ぬるん」とうどんの「つるん」が唇を喜ばせ、つゆの旨みが舌を流れてうならせ、梅の酸味が引き締める。

とろろ芋と卵の「やまぶきうどん」はどうだろう。
うどんの甘みが、卵の甘みやとろろ芋の甘みと共鳴するのであった。

帰り際に「うどん、とてもおいしかったです」と伝えると、
「ありがとうございます。その言葉を聞くためにやっています」と、笑われた。

創業して40年、独自の工夫で芯がないのにコシがあるうどんを編み出した名店は、今日も満席である。

※価格は税込

文・写真:マッキー牧元