偉大なる先人たちを目指して

本田:いよいよ、名古屋で店を始めて。資金とかはどうしたの。

葛原:全部、資金は銀行で借りました。それまで自己投資ばかりで、貯金を一切してこなかったんですよ。銀行には、分厚い事業計画書と「HAJIME」のシェフ・米田さんと岸田さんからの推薦書を提出しました。

本田:それは強いね。

葛原:おかげさまで、5,000万ほど借りることができました。借りたお金は全部オープン前に使っちゃったんで、運転資金ゼロからのスタートでしたが、運よく、岸田さんと米田さんの名前のおかげで、初めからずっとお客様に来ていただいています。

本田:第1章は、そんな風にスタート。

葛原:スタートして4年経った頃、2019年にミシュラン二つ星をいただきました。

本田:二つ星、取った時は何歳?

葛原:2019年、33歳の時です。

本田:早いね、それは。これからさらに上を狙えるよね。

葛原:あの時、三つ星を取っていたら、店も移転していないと思います。僕の一番の強みは伸び代なんです。岸田さんや米田さんたちはもうすぐ50代。レジェンドとして尊敬される存在になると思うんですけど。でも、その後、次の日本のフレンチ料理界を背負う人間は、東京にも大阪にもいないように思うんです。

本田:今、そういうシェフたちが30代中盤ぐらいだとすると、いないかもね。

葛原:もちろん、おいしい料理を作るシェフたちはたくさんいるんですけど、グランメゾンとしての哲学があって、スタッフをしっかり抱えていて、お手本となるようなレストランはないと思っていて。じゃ、名古屋で僕がやるしかないと思っているんです。岸田さんと米田さん、そして「レフェルヴェソンス」のシェフ・生江さんの代わりになるように。

本田:でも、今回の店舗移転に掛かった5億という大金を投資しようと思うのは、なかなか普通の人間は決断できないと思うけど。なんで?

葛原:やっぱり僕は、岸田さんや米田さん、生江さんといったすごい人たちを目指しているんで。そういう人たちと比べると、自分なんて、名古屋ですごいって言われるけど、いやいや、すごい人、めっちゃいるから。僕なんか本当に子犬みたいなもんだよって。でも、いつかは岸田さんたちが立っている側に行きたいというのがあるんです。そうなろうと思ったら、お金を借りて投資することは、大したことないのかなと。

本田:名古屋で、今、二つ星は10軒ぐらいあるのかな。4年ぐらい経つと、次のミシュランガイドの顔ぶれも変わるよね。

葛原:ガラッと変わると思います。新しいお店がどんどん出てきて、名古屋全体のレベルがものすごく上がっています。

本田:名古屋でやろうと思ったのは、なんで? 東京でやろうと思わなかったの?

葛原:名古屋が地元だったので。愛知県でやるからにはどうしようかなと思った時に、愛知県を日本屈指の観光都市にしようという理念を思いついて、それを掲げて、レストランをスタートしました。

本田:それがコンセプト?

葛原:そうです。僕の人生の理念であって、その中の一環としてレミニセンスがあります。レミニセンスにしっかり発信力がついてきたら、いろいろなことをやりたいなと思っています。