〈食べログ3.5以下のうまい店〉


巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー! 食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。

食べログでは、口コミ数が少なかったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり、点数が上がると予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

そこで、グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回は、食べ歩きをライフワークに活躍するフードライターの森脇 慶子さんが、和食の名店「かんだ」出身の店主が営む和食店を教えてくれた。

教えてくれる人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

神谷町駅から徒歩2分の好立地。ガラス張りのドアの奥に店内への入口がある

鎌倉の人気和食店で、2020年10月に移転リニューアルした「虎ノ門 空花」。最寄り駅は東京タワーに近く、高級ホテルも多い神谷町。表通りを一本それた閑静な通りに佇む商業施設「神谷町プレイス」の1階にある。

口コミ数は20件、食べログ点数は3.38。16年連続でミシュラン三つ星を獲得し続ける日本料理の名店「かんだ」出身の料理人が店主を務める。

 

森脇さん

店主の脇元さんとは「かんだ」の修業時代から面識があり、修行後、鎌倉で和食店を始められたことを何年か前に知り、取材もかねて鎌倉まで食べに行き、移転後も真っ先に伺いました。女性らしい細やかさ、店主の人柄が感じられる、どこかほっとするような温かみのある雰囲気が気に入っています。

※点数は2023年7月時点のものです。

栄養士志望から和食の料理人に

真っ白な仕事着がよく似合う脇元さん

店主の脇元かな子さんは宮崎県都城市の出身。自宅の畑で取れた野菜や手作り味噌、祖父が釣った魚などが並ぶ食卓で育ち、栄養士を目指して都内の専門学校に進学するため上京したが、その頃はまさか自分が料理人になるとは思っていなかったという。

「授業で中華やフレンチなどさまざまなジャンルの料理を作りましたが、塩分や油分などが調節できる日本料理は、栄養士として体にいい調理法に一番もっていきやすいと感じ、もっと和食の勉強がしたいと料理の世界に入りました」(脇元さん)

卒業後に働き始めた赤坂の店で当時料理長を務めていたのが、脇元さんが師匠と信頼する和の匠・神田裕行氏。神田氏が独立して開いた「かんだ」で7年研鑽を積み、パティシエやお米のセレクトショップでのメニュー開発などの仕事を経て、2016年、鎌倉長谷に「空花」を、2018年には鎌倉由比ガ浜に「茶房 空花」を開いた。

“世界一”といってよい幅広い食材を求めて東京へ

京壁にタモ材のカウンターテーブル、木製の椅子が居心地の良い空間を作り出す

鎌倉で人気店となった「空花」を都内に移転したのは、食材による理由が大きいという。

「東京ならその日に届く食材も、鎌倉ではそうはいかず、海が荒れると魚が何日も入ってこないことも。それはそれで鎌倉でやる意味なのかもしれませんが、東京は“世界一”といってもいいほど食材の質が良く、種類も豊富、仲買人さんの扱いも含めてすごい場所。そこに集まる幅広い食材を使って料理がしたいと思ったことが、移転した最大の理由です」(脇元さん)

「大切な人を連れて行きたい小さなお茶室」をイメージした空間には、丸窓が設けられ、こぢんまりとしていながらもほっとくつろげる雰囲気が漂う。カウンターテーブルに使われているのは、肌触りがなめらかでやさしい印象のタモ材。さりげなく飾られた季節の花も心を和ませてくれる。

 

森脇さん

脇元さんの穏やかな人柄、茶釜を置くなどお茶室を思わせる落ち着いた雰囲気が魅力です。

入口の竹花かごに生けられた季節の花と白いのれんが迎えてくれる

「空花」という店名は、自然や季節を思う心を大切に料理がしたいとの思いから付けられたもの。「空」は自然を、「花」は旬を表している。

「日本料理は食材ありきで、天候など自然に大きく左右されやすく、どんなに頑張っても食材が良くなければ完成度は上がりません。時には食材を見て、調理法を変更することもありますが、それでも自身が思う100%にはなりません。料理をする者として、食材がいかに大切かを日々思うとともに、温暖化や自然災害による食材への影響が心配です」と脇元さん。

だからこそ、食材への感謝を忘れずに料理を作るのだという。「例えば魚をしめるなど、食材の命をいただいていると実感することが多いのがこの仕事。決して粗末にしないよう、食材への感謝、自然への感謝の思いを大切にしています」

4~6名に対応する個室。プライベートを大切にしたい会食に最適

「同じ食材でも全く同じというものはなく、脂の乗り方なども一つ一つ異なり、毎日が勉強、自分の腕ももっともっと磨かないといけません」と謙虚に話す脇元さん。

メニューは基本お任せコースでランチは8,800円、16,500円、22,000円、ディナーは16,500円、22,000円、27,500円。季節ごとにメニューは変わるが、豊洲で仕入れた幅広い食材に、三崎や佐島など、鎌倉で営業していた際によく使っていた、相模湾の魚介を取り入れた料理が楽しめるのも特色だ。

季節ごとに料理が変わるため定番ではないが、森脇さんが訪ねた際に特に感銘を受けたのは「牡蠣真薯(かきしんじょ)のお椀」。シンプルで潔く、食材の旨みが前面に引き出された味わいに思わず目を見張ったという。