〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

小松宏子

祖母が料理研究家の家庭に生まれる。広告代理店勤務を経て、フードジャーナリストとして活動。各国の料理から食材や器まで、“食”まわりの記事を執筆している。料理書の編集や執筆も多く手がけ、『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。Instagram:@hiroko_mainichi_gohan

銀座に来たら立ち寄りたい。受け継がれた味と仕事を気軽に楽しめる

銀座でも超一等地である。あずま通りから風情のある三原小路を抜けて、右へ折れてすぐのビルの2階。普通であれば、高嶺の花、怖くて入れない場所の寿司店である。ところが、こちら「鮨 み富」は、ランチで握り9貫5,500円という、考えられないほどに良心的な値段設定の寿司屋なのである。店名が示す「富」は、22年修業した江戸前寿司の老舗「新富寿し」の「富」をいただき、三橋克典というご主人の頭の文字「み」を合わせたものだ。

大将の三橋克典さん

一から十までを学んだという「新富寿し」であるが、大正時代にまで創業を遡り、稀代の食通として知られる池波正太郎のご贔屓だったことでも知られる。鮮度のいい天然ものの魚に、きっちりと仕事を施して握る本流の江戸前寿司だ。「実は叔父が新富寿しで働いていたので、その紹介で、学校を出てすぐに修業に入りました。親方から一番学んだことは、魚の状態に合わせて、最高の旨みを引き出すということですね。シャリの配合から、魚の締め方まで、ほとんど、受け継いでいます」と三橋氏は言う。

ランチ限定のコースは5,500円! 銀座で驚きのコスパを誇る

取材した日は、特別にランチコースを一堂に

圧巻の握りをカウンターで味わう至福

では、早速、ランチ9貫5,500円の内容を見ていこう。
こうした場合、多くは、9貫の盛り込みを創造するが、驚くなかれ、目の前で一貫ずつ握り、磨きこまれたつけ台へ、すっと置かれる。すっかりおまかせコースで食している気分だ。9貫の内容は、旬のネタと定番が半々ほどで構成される。

まこがれい

この時期は、まず、夏ならではの白身、まこがれいの昆布締め。やや飴色になった身の旨みの強いこと。口の中にいつまでもその余韻が残るほどだ。
続いてはすみいか。三橋氏曰く、寿司に一番合ういかだという。旬は冬だが夏も美味。いかのあとは平貝。包丁を入れてのりで巻いて、一貫に。お昼のコースといえども、こうした高級なネタが出てくるところがなんともうれしい。

お次は青魚、鯵。萩、島根など、西のほうで揚がったものを使用している。脂ののった、夏の鯵のとろけるような味わいは格別だ。おろし生姜と小ねぎがアクセント。

続いて、鰹のたたき。魚そのものの香りを殺さないように、ガス火でさっと炙るにとどめるというのが三橋氏の考え方。魚に自信があるからこその仕事だ。おろし生姜と小ねぎをアクセントにいただけば、実になまめかしい。