〈ニュースなランチ〉
毎日食べる「ランチ」にどれだけ情熱を注げるか。それが人生の幸福度を左右すると信じて疑わない、編集部員や食いしん坊ライターによるランチ連載。話題の新店から老舗まで、おすすめのデイリーランチをご紹介!
人形町に現れた大人のための隠れ家空間
こんなに深く親子丼を楽しんだことがあっただろうか。静謐な空間に響く、グツグツという料理の音、フワッと漂うだしの匂い。前菜から始まる料理全てを五感で感じ幸せな気分になる。そんな体験ができるのが人形町にある「御料理 心馬(こころば)」だ。
「人形町」駅を出てすぐにある「甘酒横丁」。その通り沿いのビルの3階に店がある。エレベーターで上がっていくと、「心馬」と書かれた看板と木の引き戸が現れ、まるで路地裏にある隠れ家を訪れたような気分だ。
引戸を開けると、そこは都会の喧噪が遠く離れたような空間。国産ヒノキの無垢材にこだわったというカウンターは、手で触るとすっと馴染むような柔らかさがある。壁には木目が鮮やかな杉材が使われ、京都にある茶室の壁のような仕上げが施されている。
店のコンセプトは、大人が落ち着ける隠れ家のような場所。ビルの中の一室なのに、流れる空気も凜として、心が安らぐ。
日本料理一筋20年以上、ベテラン料理人が考えたコース仕立ての親子丼
店主を務める料理人、大塚 和馬さんは、日本料理一筋、20年以上のキャリアを重ねてきたベテラン。市ヶ谷に店を構えていたが、江戸文化が色濃く残る街、日本橋人形町に移転。「屋号」も変え、心機一転のリニューアルオープンとなった。
ディナータイムにコース料理をゆるりと楽しむのが「心馬」の基本。けれど、もっと気軽に「心馬」の料理や雰囲気を楽しんでもらおうと、不定期にランチを提供している。ご紹介する「心葉特製親子丼御膳」もその一つだ。
「心馬」の親子丼がユニークなのは、会席料理のようなコース仕立てになっていること。「会席料理店ならどんな親子丼を作るのか」と考えた大塚さん。多種多様な料理トータルで表現される会席料理の手法を取り入れ、親子丼を主役にしたストーリーのあるコースを作った。
先付けから甘味まで。全てがおいしい親子丼のために
最初に登場するのが「胡麻豆腐 白味噌、ジュレ」。これは胃を整え、これから始まる料理への期待を高める役割。磨きごまと葛粉で作るごま豆腐はツルンとした食感で、ごまの香りとコクがふわっと余韻を残す。京都から取り寄せた白みそははんなりとした甘さ。添えてあるジュレはだしと酢を合わせたもの。酸味のあるジュレがさっぱりとした食べ心地を呼ぶ。
次に登場するのが「大山鶏竜田揚げ」。「大山どり」は親子丼にも使われる鳥取県産のブランド鶏。ジューシーで旨みがある肉そのものを味わってもらおうという趣向だ。
しょうゆダレにつけ込んだ鶏肉に片栗粉を付けた後、しばらく寝かせ、揚げる直前になって再び粉を付ける。片栗粉を二度付けすることでタレの味わいや肉汁が閉じ込められ、カラッと揚がる。
揚げた肉はカットせず「そのまま手づかみでお召し上がりください」と紙にくるんで供される。
まるでストリートフードを食べるかのような遊び心のある仕掛けだ。ガブリとかぶりつくとサクサクと衣が軽快な音を立て、フワッと香ばしい醤油が香り、肉汁がジュワッとにじむ。おいしさに思わず顔がほころんでしまう。
少し油っぽくなった口をさっぱりさせてくれる口直し「金美人参膾(きんびにんじん なます)」。「金美人参」は黄金色をしたニンジンで、臭みがなく甘みがあり、生で食べてもおいしい。なますは、しっかりと酸味が利いており、揚げ物を食べた後の口をさっぱりさせてくれる。
メインの前に出てくるのが吸い物「茸汁」。しいたけ、なめこなどきのこ類を具材とし、京都から取り寄せた黒豆のみそを使ったみそ汁だ。ここで味わうのは、毎日ひいているだしの旨さ。黒豆みそのやわらかな味わい、きのこの旨みなどの奥からふわっとカツオや昆布の旨みが立ちのぼってくる。滋味豊かな味わいにしみじみ癒やされる一品だ。
そして、いよいよ主役である親子丼の登場。その前にちょっとしたパフォーマンスがある。「心馬」では食べるタイミングに合わせて土鍋でご飯を炊く。その炊き上がったばかりの米を丼にする前に披露してくれるのだ。
使う米は佐渡産コシヒカリ。香りや甘さのバランスが良く、丼や炊き込みご飯に好相性のお米だそう。この米を炊き上がったばかり、蒸らす前のちょっとアルデンテの状態で使う。
「外に火が入っていて中が少し硬い。それぐらいの方が、熱々の丼つゆの味が染み込みやすいんです」(大塚さん)
鍋につゆが入り、鶏肉も入れられ、親子丼の調理が始まる。グツグツという音と、フワッと立ちのぼる甘い丼つゆの香りがたまらない。ポイントは鶏肉を小さめにカットし、火通りを早くしていること。手早く調理することで鶏肉が硬くならず、つゆのしょうゆ味も角が立たない。
丼は蓋をしたまま供される。どんぶりの蓋を取ると、フワッと湯気が上がり、絶妙な火入れでトロトロになった卵に覆われた親子丼が現れる。
アッツアツを頬張ると、しっとりと柔らかい鶏肉、トロトロ卵、丼つゆの染みたご飯それぞれが主張することなく、絶妙なバランスで一体となり、そのおいしさに驚かされる。静岡県産の卵は味が濃厚で丼つゆに負けていない。丼つゆはご飯が進む甘辛味ながら、品の良いまろやかさがあり、だしの旨みが心地よい。
味変に用意されているのは自家製七味。山椒の香りが利いた七味は、ピリッとした辛味と山椒の刺激的な香りがアクセントとなり、味に彩りを与えてくれる。
親子丼をクライマックスとしたストーリーの最後をしめくくるのは、甘酒横丁にちなんだ「甘酒新生姜最中アイス」。甘みは甘酒の甘みのみ。豆乳、新ショウガ、ダイダイを加えたクリーミーでほんのり甘酸っぱいアイスだ。このアイスをサクサクの最中の皮に挟んでいただく。
親子丼の旨さの余韻を消さない甘さ控えめのアイスクリーム。最後まで考え抜かれたコースになっている。