〈食べログ3.5以下のうまい店〉


巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー! 食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。

食べログでは、口コミ数が少なかったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり、点数が上がると予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

そこで、グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回は、フードライターの森脇 慶子さんが、広東料理界の名シェフ、有島 浩昭氏が総料理長を務める「西麻布 香宮」をご紹介。

教えてくれる人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

料理人は演者、ゲストは観客、計算し尽くされた店内空間

可憐な草花が彩るビルの入口付近。この横にある階段を上がると店内への扉がある

広尾駅から外苑西通りを歩いて7分、閑静な住宅街に隣接する笄(こうがい)公園の向かいに立つビルの2階にその店はある。

その前身は星条旗通りにあった広東料理の人気店「海鮮名菜 香宮」。2021年、現在地への移転に伴い「西麻布 香宮」と名前を変えてオープン。新たに総料理長に就任したのが、この道一筋42年、都内有数のホテルで長く研鑽を積み、フランス・パリの新店立ち上げに招かれるなど、広東料理界の名シェフとして知られる有島 浩昭氏だ。

食べログ点数は3.15、口コミ数は18件と少なめだが点数は4.5や5がずらりと並ぶ高評価。期待を裏切らない、否、期待を上回る名店であることは間違いない。

 

 

森脇さん

有島氏がマンダリン オリエンタル 東京「センス」の料理長をされていた頃に取材で知り合い、オープンの際に連絡を受けうかがいました。

※点数は2023年4月時点のものです。

7mの一枚板のカウンターテーブルと厨房の間に設けられた一段低い通路から料理を提供

 

「西麻布 香宮」の醍醐味は、燃え上がる炎や鍋をふる音、漂う香りなど、客席からライブ感たっぷりの厨房を目の当たりにできることだ。

ゲストが座るメインダイニングにしつらえた、アフリカンチークの一枚板のテーブルの長さは7m。目の前の厨房と客席の間には、劇場を思わせる扉と歌舞伎の緞帳のようなロールスクリーンが設置されており、ディナー時はここが開くとシェフたちが登場、有島シェフが率いる料理ショーの始まりだ。

食器類は洗練されたジャパンクオリティで知られる老舗、ニッコーに特注

ちなみにテーブルと厨房の間には、ダイニングフロアよりも一段低い幅1mの通路が設けられているのだが「これは着席したお客様と同じ目線でサーブするため。料理の仕上げをする時も、グラスにドリンクを注ぐ時も、お客様の前で、お客様と同じ目線で行っています」と教えてくれたのは有島シェフ。

昨今、ジャンルを問わずカウンター席がメインの“見せるレストラン”が増えているが、ここ「西麻布 香宮」ほど、徹底して楽しませてくれるレストランはないだろう。

“For the Guest”、すべてはお客様のために

「オンオフのメリハリを大事に、身体が動く限り仕事を続けたい」と有島シェフ

ここで有島シェフの輝かしい経歴を紹介したい。1981年に18歳で九州・宮崎から上京、都内の中国料理店に勤めていた叔父の紹介で働き始めたのが、新宿・京王プラザホテルの「南園」。「時給460円のアルバイト、2年間はずっと洗い場でしたが、手に職を付けたい、一つのことを成し遂げたいとの一心で修業を続けましたね」と当時を振り返る。

後に赤坂・東京全日空ホテル(現・ANAインターコンチネンタルホテル東京)の「花梨」など都内有数のホテルで研鑽を積み、有楽町・ザ・ペニンシュラ東京の「ヘイフンテラス」では日本人トップのスーシェフを務め、2012年に日本橋・マンダリン オリエンタル 東京「センス」の料理長に就任し、翌年にはミシュラン一つ星を獲得。新店舗立ち上げの依頼を受けフランス・パリに1年弱滞在するなど、日本を代表する広東料理の匠として活躍中だ。

スタイリッシュでエレガントな盛り付け。食器類も移転オープン時に一新した

そんな有島シェフが料理の基本をたたき込まれたのは、京王プラザホテルと東京全日空ホテルだ。日本の広東料理界を長くリードしてきた譚 彦彬(たん ひこあき)氏や周 富徳氏、日本広東料理を広める活動を行う正宗廣東会の名誉会長・麥 燦文(ばく さんぶん)氏、元リーガロイヤルホテルグループ中国料理総料理長の鄧 廣寛(とう こうかん)氏の4人は同級生であり、日本の中国料理界における巨匠とも言える面々。

「修業時代はこの方々にみっちり鍛えられました。基本さえしっかり身についていれば何も怖くありません」と有島シェフ。加えて「お客様から見て、仕事をする姿が美しいこともとても重要です」と話すように、スマートな美しい所作が“劇場”を盛り上げ、料理をよりおいしく、ここで過ごす時間をより記憶に残るものにしていることがわかる。

名だたる名匠の傍で薫陶を受け、持ち前のハングリー精神で星付きシェフとなった有島氏

有島シェフが42年の料理人人生の集大成と位置づける「西麻布 香宮」で堪能できるのは「一菜一魂(ヤッチョイヤッウァン)」を信条に、一皿一皿に魂を込めて作り上げるコース仕立ての料理。

「奇をてらうような料理ではなく、あくまでもオーセンティックな広東料理を基本に、積み重ねた経験やアイデア、閃きをプラスし、その時々の旬の食材を見極めてお出ししています」と有島シェフ。

シェフがよく口にする言葉は「“For the Guest”、すべてはお客様のために」。続けてシェフは言う。「お料理は、お客様のお口に入る時が、もっともおいしい状態でなければいけません。そのためにゲストの来店時間を逆算し、抜かりなく準備して臨みます」と、どこまでもゲストを第一に考えている。