日本橋に生まれた楽しく食事ができる隠れ家

店舗は2階。エレベーターの扉が開いた瞬間に和の世界が出迎える。

日本料理の名店として「食べログ 日本料理 TOKYO 百名店」にも選ばれたことのある「銀座 奥田」。「銀座 小十」にも勤め「銀座 奥田」で長年、料理長を務めていた宮原瞬さんが独立し「和氣 旬」をオープンさせた。

「銀座 奥田」時代のファンも多い宮原瞬さん

宮原さんが店を構えたのは日本橋。周辺には小さいながらも味に定評がある人気のお店が集まっている界隈だ。宮原さんの朗らかな人柄を反映させたような心地よい店内で、ゆったりと楽しく食事ができる。

白木の明るい店内。カウンターには奥行があり、ゆとりのある空間で食事が楽しめる。

メニューは、月替わりの1コースのみ。ランチは8~9品で1万5,000円、夜は10~11品で2万6,000円と、日本橋の日本料理店としては通いやすい設定となっている。

やさしいお出汁と素材の旨味をしっかり感じるお椀

正統派の出汁に長い経験を感じる

コースは冷温の突き出しから始まり、お椀、お造り、凌ぎ、焼き物2種、炊き合わせ、ご飯、デザートとなっており、一つひとつが繊細でありながらも大胆な料理が並ぶ。

鯛とうすい豆の豆乳寄せ。上にはこの季節ならではの春香うどと山菜。

例えばお椀では、大ぶりにカットされた甘鯛と、うすい豆の豆乳寄せが存在感を放っている。甘鯛は炭火で火を通しているため鯛の身の甘さと、皮目の香ばしさが際立つ。丁寧にとられた一番出汁との相性も良く、うすい豆の春らしい香りも楽しめる。春香る一品だ。

炭火だからこそ。しっとりと美味な赤身肉

付け合わせは、新ごぼうとプチベールのきんぴら。プチベールの苦みがアクセント。

凌ぎの後は焼き物となるが、「旬」では焼き物は魚と肉の2種が提供される。魚は当然ながら旬のものとなるが、肉料理では牛赤身肉を使用している。

高級かつ現代的な要素を組みこんだ日本料理では、肉料理というと霜降りの牛肉が多いだろう。しかしここで登場したのは旨味と、赤身ながらも柔らかさに定評のある熊本の“あか牛”。炭火に当てては肉汁を落ち着かせるために火からおろし、再び火に当てることを繰り返し、30分以上をかけてじっくり焼き上げるため、驚くほどしっとりと柔らかく仕上がっている。塩と胡椒のみのシンプルな味付けだからこそ、肉本来の旨さがしみじみと口の中に広がるのだ。

取材時は熊本のあか牛だったが、岩手の短角牛も使用。表面に包丁を入れ、さらに柔らかくする。

宮原さん曰く「牛肉の味わい、香りそのものを味えるお肉を探していた時に、あか牛と短角牛に出会いました」。牛肉に施されているのは水分を飛ばし旨みを凝縮させるドライエイジング。広々とした土地で自然の牧草を食べ、大切に育てられたからこそ生まれる赤身の味わいだ。

趣向を凝らしたご飯もの。稲荷やおこわ、ゆくゆくは麺類も

小柱の香りを引き立たせるためにもち米を使用。香りと食感のバランスが良い。

力強さのある焼き物の後は炊き合わせが提供され、その後にご飯となるが、ここでも宮原さんの遊び心が発揮される。2月は「稲荷ずし」、3月は「小柱と筍のおこわ」と、日本料理のコースのご飯としては、ちょっとした意外性がある。宮原さん曰く「この遊び心も、奥田さんのところで学んだ楽しさです」。

小柱は色味が2種あるが、どちらも同じ。個体による違いだそう。

今回、おこわにしたのは、小柱の香りをより楽しんでもらいたいからだという。小柱の持つ香りと甘みは、普通のお米よりももち米のほうが良くなるのではという直感から試してみたところ、より一層引き立ったそうだ。
実際に香りもそうだが、小柱の独特の歯ごたえもまた、もち米の弾力に合っていて、小さく散りばめられた筍のサクサク感と相まって絶妙なバランスを生み出していた。

日本料理の旬を楽しむデザート

一見、洋菓子に見えるが、実際にはちゃんと和菓子になっているデザート。

新しさやチャレンジングな工夫が散りばめられながらも、素材の処理や出汁の旨味など丁寧な仕事で伝統的な日本料理の真ん中を行く「旬」の料理だが、デザートではさらなる驚きが待っていた。

一見、パンナコッタかババロアか、添えられているのはピスタチオのアイスか、といった洋がメインのデザートに見えるが、一口食べてみるとしっかりと「和菓子」なのだ。
パンナコッタやババロアに見えるのは、胡麻風味の白あんの羊羹。アイスは春を感じさせるヨモギを使ったアイスだ。

ヨモギの苦みとアイスのクリーミーさが抜群のおいしさ。

白あんのしっかりとした甘みに重量感ある手づくりイチゴジャムが、種類の違う甘みとわずかな酸味をもたらし、春らしい和菓子を演出。ヨモギの香りが爽やかさを運ぶアイスも絶品だ。
締めにふさわしいデザートと言える。

フレンチシェフの料理への姿勢が印象的だったパリ時代

近くで調理工程を見ることができるのもカウンター席の醍醐味

とても気さくな宮原さん。カウンター席のみの店内なので、話も弾む。
そんな宮原さんの料理人としての転機となったのがフランス・パリでの経験だと言う。「銀座 奥田」が海外進出としてパリに出店するにあたり、奥田さんのもとで日本料理の可能性や楽しさを学んでいた宮原さんを新天地に送り出したのだ。

パリに到着した初日には早速気になるフランス料理店に赴き、その後も時間があればさまざまな店に行った。「そこで感じたのは、料理への自由な発想、アイデアでした。基本は当然ながら大切ですが、伝統を重んじながらももっと“こうしたい”と自由に挑んでいい。そんなフレンチのシェフたちを見ていて、色々とやってみようと思うようになったんです」。

店内はカウンターのみ。宮原さんとの会話も弾む。

オープンして2カ月。やりたいことがまだまだあると言う。「これから日本の食材ともっと出会って、日本を感じてもらえるお店にしていき、海外の方へも日本の豊かさを伝えていけたらと思っています」。

確かな基盤があるだけに、味については折り紙付きだ。どのチャレンジも楽しみでしかない。すぐに予約の難しい店になること間違いなしの店だ。

※価格はすべて税込、サービス料別。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:岡崎たかこ(UP SPICE)
撮影:大鶴倫宣(UP SPICE)