〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

秋山具義

1966年秋葉原生まれ。1990年日本大学芸術学部卒業。広告代理店I&S(現 I&S BBDO)を経て、1999年デイリーフレッシュ設立。広告キャンペーン、パッケージ、写真集、CDジャケット、キャラクターデザインなど幅広い分野でアートディレクションを行う。主な仕事に、東洋水産「マルちゃん正麺」広告・パッケージデザイン、AKB48「ヘビーローテーション」CDジャケットデザインなど。著書に「世界はデザインでできている」がある。2016年より「食べログ」グルメ著名人としても活動。J-WAVE「ALL GOOD FRIDAY」にランチのスペシャリストとして出演している。

2つの戸を開けた先に現れるギャラリーのような隠れ家

社寺金物が打たれた引き戸は、もとは神社の門扉として使われていたもの 

中目黒駅から東横線の高架沿いを祐天寺方面に歩いて約5分、戸建てや集合住宅が立ち並ぶ閑静な通りに現れる、左官仕上げの壁に一枚板の重厚な引き戸。一見しただけでは寿司店とはわからない“隠れ家”、そこが「宇田津 鮨」である。

 

秋山さん

中目黒の新店に詳しい友人に誘われて、2019年の9月の夜に伺いました。つまみも握りもおいしくて、中目黒にこういう寿司店ができたのがうれしいと思いました。

日常から非日常へと誘うエントランス。外から数えて2つ目の引き戸の右にインターホンがある

引き戸を開けると漆黒の通路。右に歩を進め、インターホンを押してから中に入る。「お客様にここでオンとオフを切り替えていただくとともに、こちらも準備万端でお客様をお迎えするため、このようにさせていただきました」。こう話すのは、物腰柔らかな店主・宇田津 久さんだ。

国立の実家の隣が寿司店で「甘酸っぱい酢飯や玉子焼きの香りに誘われ、幼い頃から毎日のように遊びに行っていた」という宇田津さん。いつしか、寿司職人になり自分の店を持つという夢を抱き、調理科のある高校へ。神田で一から十までの仕込みを、銀座でもてなしを学び、西麻布で新店立ち上げを経験。2019年に34歳という若さでこの店を開いた。

開いた扉の先に広がるのは、心地よいジャズが流れるアートギャラリーのような空間だ。樹齢150年を数える吉野檜のL字カウンターに9席、奥には個室もある。モルテックスと呼ばれる左官仕上げのグレーの壁には、国内外に知られる写真界の巨匠・細江英公のポートレートが、寿司を握る「つけ場」の後ろには、イギリスを代表する現代アーティスト、ケリス・ウィン・エヴァンスの作品が調和する。

 

秋山さん

中目黒の住宅街にあって、初めて行く人は迷うと思いますが、ようやくお店を見つけて中に入るとアート作品が飾ってあるギャラリーのような異空間に感激すると思います。

「器など美しいもの、心に響いたもの」を積極的に取り入れる宇田津さん。寿司を置く付け台の風合い豊かな角皿は、岡山備前焼の作家もの。隣に置かれた黒檀の指拭き台は木工作家に依頼した品で、添えられた季節の草花が心を和ませてくれる。木目が美しい箸は、黄金檀と呼ばれるしなやかな木材を用いて同じ作家が手がけた。