〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

小松宏子

祖母が料理研究家の家庭に生まれる。広告代理店勤務を経て、フードジャーナリストとして活動。各国の料理から食材や器まで、“食”まわりの記事を執筆している。料理書の編集や執筆も多く手がけ、『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。Instagram:@hiroko_mainichi_gohan

つまみと握り20品以上で8,800円という、驚異のコスパ

2022年の4月にオープンした「おまかせ寿司 すしのすけ」では、8,800円のおまかせコースでつまみと握りが交互に20品強、供される。驚きのコスパだ。場所は、昭和の香りがぷんぷんとする新橋の駅前、ニュー新橋ビルの地下1階だ。港区(正真正銘)女子を彷彿させる小洒落たカウンターとのギャップが、妙に和ませてくれる。

大将の鈴木健太さん

オーナーの江見 奨氏は、大学を出たあと企業に4年勤めたのち、自分の本当にやりたいことをと、一転寿司職人を目指した。人より遅いスタートによる差を最短距離で埋めるために、単に高級店に修業に入るというのではなく、大手寿司店から、鮮魚店、オーストラリアの有名回転寿司に会員制寿司店まで、さまざまな形態の店で経験を積んだ。渋谷の大手チェーン店時代に「いつか一緒にやりたいね」と言っていた鈴木氏を迎え、今は大将として握り手を任せている。

それにしてもなぜこの価格でここまで?と尋ねると「(私は)関西人なんで、安くておいしいのが一番じゃないですか」と笑う。それは確かにそうだが、利益が出るのだろうかと心配になってくる。

「確かに原価率は高いですけれど、工夫はしています。市場は豊洲市場だけでなく、足立市場からも送ってもらっています。ご存じない方も多いかもしれませんが、豊洲、大田、足立が東京の3大市場なんです。で、豊洲に比べると割安なんですね。また、何がなんでも天然にこだわるということではなく、鯖などは、脂がのっていてアニサキスの心配もない養殖を使うなど、天然と養殖を使い分けることで原価を抑えています。魚介はほんの少し小さいだけで、ピンのものに比べると驚くほど価格は下がります。だから原価を下げることは決して不可能ではないんです」と江見氏は言う。なるほど、8,800円には、きちんとした“種もしかけ”もあるわけだ。

うに、いくらがたっぷりの贅沢丼から希少部位のにぎり、オリジナル巻き物まで

20品強からのほんの一部だが、つまみ3品と握りに手巻きを紹介しよう。まずは、コースの序盤で出される「寿司屋のあん肝のリゾット」。寿司飯とつぶしたあん肝を混ぜて、奈良漬けときゅうりを刻んだもの、ごまを散らす。ねっとり濃厚な味わいに、歯応えのよい奈良漬けときゅうりがアクセントになって、個性的な味わいを醸し出す。奈良漬けの甘みとあん肝の相性も抜群で日本酒が進む。

コースの中ほどで供される「すしのすけ丼」。寿司飯の上にたっぷりのっているのは、北海道産のうに、かに、いくらと、垂涎もの。「オープン当初はうにだけだったのが、どんどん豪華になってしまって」と苦笑する江見さん。食べ手としては、ありがたい限りだ。

握りの間の箸休めにぴったりのべったら漬け。ほどよい甘みにほっとして、次の握りが一層おいしく感じられる。