産地や人の思いを汲みストーリーを表現
「élan」では現在「Menu élan」(17,600円)と「Menu Dégustation」(24,200円)、二つのコースがあり、その一例を紹介する。「アンチガスピヤージュ」は必ず提供するスープだ。生産者を応援する意味を込めてコロナ禍によって生まれたメニューで、岩手県花巻市でホロホロ鳥を専門に扱う石黒農場産のホロホロ鳥でコンソメを澄ましている。
そこに、旬の野菜を中心にとったブイヨンドレギュームを合わせ、奥深い味わいに仕立てていく。なお、メニュー名はアンチ=反対、ガスピヤージュ=無駄遣いのことで、素材を無駄なくしっかり使っていることも特徴だ。
旬の魚介類も紹介しよう。「鰤 桃 マーガオ 稲わら」は北海道昆布盛産のブリがメイン。白板昆布などを使ってマリネし、稲わらを炙りながら香りを付ける。マーガオとは台湾のスパイスだが、よくある乾燥タイプではなくフレッシュなものを塩漬けすることで、柑橘を連想させる爽やかなアクセントを演出。
この一皿には、北海道と北陸とを結ぶストーリーがある。というのも、信太シェフが使用する昆布は石川県七尾市の老舗「昆布海産物處しら井」製。古くは北海道から北前船で運ばれていた海産物だ。そしてブリは北海道から日本海へ南下し、冬に旬を迎える魚である。さらには稲わらにも石川産を用いるなど、移り変わる旬のバトンを暗に表現しているのだ。
伝統と革新が調和したガストロノミー
生産者とのネットワークは全国にあり、たとえばこの日のイカは鹿児島県出水産のイカ。スミイカになる前の、歯ごたえと口どけが絶妙な成長期の旬を見極めて使用する。そこに、赤パプリカのピューレと万願寺唐辛子、イカのダシを煮詰めてクリームと混ぜたソース、レフォール(西洋ワサビ)とニラの花で孟秋の穏やかな涼しさを表現。
そして本稿最後に紹介するのも、和食の手法を大胆に取り入れた一皿だ。北海道網走産のキンキをオイルに軽く通し、ウロコを立たせる。その後紀州備長炭で炙りながら、余計な油と水分を落として旨みを凝縮。仕上げはサラマンダーで、皮目をいっそうパリッと仕上げる。
キンキに添えるのは、大葉で巻いた大長ナスとアーティチョークなど。総仕上げに、キンキのほかカサゴやイサキなど数種の魚介からとったスープドポワソンをかけて完成。この所作はサーブ時に客席で楽しませてくれる。
本田さん
やはり一番の魅力は、トップレストランで得た経験に、シェフのオリジナリティを掛け合わせたモダンな料理。味わいはフレンチの王道を進化させたもので、伝統と革新が見事に調和したガストロノミーとなっています。
信太シェフに、表参道を開業の地に選んだ理由を聞くと「実は生まれ育ちが渋谷なんです」とのこと。本場フランスと日本の最高峰を巡った料理人が自国への敬意を重んじながら、地元で表現する美食の世界。それが「élan」なのだ。
聞けば、遠くない未来に焙煎所を設けて完全自家焙煎のコーヒー(現在はシェアローストによる自社焙煎)も提供したいと語るシェフ。ますます進化を続ける同店から、今後も目が離せない。