【映画のあの味が食べたい】
『クロワッサンで朝食を』ジャンヌ・モローも思わず微笑む焼きたてのクロワッサン
いい話です。とくに“おひとりさま”の老後をどう生きるか、が社会問題となっている今、とても心に染みるお話です。
主演は今年の7月に89歳で亡くなったフランスの大女優ジャンヌ・モロー。1950年〜60年代に“ヌーヴェルヴァーグの恋人”といわれ大ブレイクしましたが、この作品を撮影したのが82歳のとき。最後まで女優として現役を貫きました(※遺作は2015年の『LE TALENT DE MES AMIS』)。
彼女には5回ほどインタビューでお目にかかったことがありますが、率直な物言いが印象的で、情熱を傾けた若き日の恋の話などもキラキラと目を輝かせる可愛らしい方でした。
『クロワッサンで朝食を』の主人公フリーダは、そうした情熱的な大女優のキャラクターが随所に反映されています。
舞台は、パリ。エストニアからやってきたアンヌは、ひとり暮らしの裕福な老女フリーダ(ジャンヌ・モロー)の家の家政婦として働き始めます。
介護していた母が亡くなったばかりのアンヌは、一念発起して長い間憧れていたパリへやってきたのです。これまでに何人もの家政婦が辞めてしまっているという毒舌で気難しいフリーダは、アンヌにも冷たく当たります。
用意した朝食さえ食べてくれません。
高級アパルトマンに住み、ゆとりをもって優雅に暮らせるだけの経済力を持ちながら、なぜ世間に背を向けるように生きているのか。
それには理由がありました。
アンヌを雇ったカフェの経営者ステファンにも大きな原因がありました。かつて恋人だった年下の彼に、フリーダは経済的援助も含め献身的に尽くしましたが、そんな彼に捨てられたことで、深く傷つき心を閉ざしてしまったのです。
これって、自分の人生の中で最も起こって欲しくない出来事、と多くの人が恐れていることじゃないでしょうか。人生の晩年になって自分が愛情もなにもかも注いだ人から背を向けられる。そんな背景がわかってくると嫌みな女に見えたフリーダが健気にさえ思えて来ます。
フリーダのそんな頑なな態度にうんざりしたアンヌは、仕事を辞めようとしますが、そんな時、フリーダの孤独の秘密を知り、やがてふたりは打ち解けていきます。フリーダもまた、移民としてパリへ来て、女ひとり一生懸命働いて、成功を得たのでした。
フリーダが、アンヌに自分の高級ブランドの服がずらりと揃ったクローゼットから服をみつくろって貸し、ふたりで街に出かけるシーンがいい。ちなみに、この映画の中でジャンヌが身につけているシャネルやサンローランといった服やアクセサリーは、ジャンヌの私物だそう。さすが似合っています。
フリーダが伝える、「本物」のクロワッサンと大切なこと。
タイトルの『クロワッサンで朝食を』は、原題(「パリのエストニア人」)とは違いますが、なかなかよい邦題だと思います。
映画の前半で、朝食をめぐるこんなシーンがあります。アンヌは、ハムとチーズとパンという朝食を用意しますが、フリーダは手を付けようとしない。理由は、「朝食には紅茶とクロワッサンしか食べない」というもの。
そう、フランス人の朝食といえば、クロワッサン!
アンヌはスーパーで袋入りのクロワッサンを買ってきて、紅茶とともに出しますが、それも「本物ではない」といって口にしません。クロワッサンとは、小麦生地にバターを何層にも練り込んで焼き上げた三日月型のパンですが、焼きたてのバターの香りが命。工場で前日に作られた香りのないクロワッサンなど「本物」ではない、というのです。
そこでアンヌは、丁寧に焼き上げるブーランジェリー(パン屋さん)を見つけ、毎朝、バターの香りのするクロワッサンを買ってきて朝食に出すようになります。誰かのためにパンを丁寧につくる。誰かのために労を惜しまず朝、パンを買いに出かける。こうした心を尽くした行いが、人と人との信頼関係を築いて行くのでしょう。
移民だったフリーダも、もしかするとパリに来た頃、アンヌと同じように「フランス流の朝食の流儀」を知らなかったのかもしれません。けれど、ひとつひとつ風習や文化を学び、この土地に根づいていったのです。
焼きたてのクロワッサンへのこだわりには、フリーダの成功の秘訣に通じるものがあるのかもしれません。朝食といえど、「本物」であることを妥協せずきちんと取る。忙しいからといって、コンビニのおにぎりやサンドイッチで手軽に済ませない。こうしたこだわりの積み重ねが人生を築いていくのでしょう。フリーダは、人生を楽しむことを知っている素敵な女性だったのです。
フランスには、朝早くから開いている街角ブーランジェリーがたくさんあり、多くの人が朝食用の焼きたてのパンを求めます。
「メゾン・ランドゥメンヌ トーキョー」は、パリの有名ブーランジェリーの東京支店。パリと同じ焼きたてクロワッサンが朝から食べられると評判です。
フランス産レスキュールバターを使ったクロワッサン・フランセはパリっとした外側とさくっとした食感、そして中はしっとりとしていてまさに「本物!」。サイズも大きめでフランス仕様です。
これならジャンヌ・モローも笑顔で太鼓判を押してくれること間違いありません!
作品紹介
エストニアで母を看取ったばかりのアンヌに、パリでの家政婦の仕事が舞い込む。悲しみを振り切るように、憧れのパリへ旅立つアンヌ。しかし、彼女を待ち受けていたのは、高級アパルトマンに独りで暮らす、毒舌で気難しい老婦人フリーダだった。フリーダはおいしいクロワッサンの買い方も知らないアンヌを、冷たく追い返そうとする。アンヌを雇ったのは、近くでカフェを経営するステファンで、フリーダは家政婦など求めてはいなかったのだ。だが、遠い昔エストニアから出てきたフリーダはアンヌにかつての自分を重ね、少しずつ心を開いていく。やがてアンヌは、フリーダの孤独な生活の秘密を知るのだが……。