〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

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岡本のぞみ

ライター。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

素材の味を引き立てる料理とそれに寄り添う自然派ワイン

HATOの店内は、コの字カウンターのほかにテーブル席とテラス席がある

「フレンチの堅苦しさを取り払って、さまざまな年代の人に食事の時間を楽しんでほしい」。そんな思いでシェフの野村昂史さんは、2021年7月に「HATO」をオープン。メニューを9品5,500円のおまかせコースのみにして、誰もが訪れやすい店をめざした。

左からシェフの野村昂史さん、ソムリエの三坂昂汰さん

このシンプルなメニュー設定のモデルにしたのは、シェフの野村さんが独立する前までスーシェフを務めていた南青山の「ラス」。この7月からは、同店出身で気心の知れたソムリエの三坂昂汰さんが加わり、ペアリングコース(5杯・5,500円)がスタートした。

ワインはラスと異なり、自然派ワインが中心。「野村さんの料理は素材の自然な味を楽しむシンプルな料理が多い。ナチュラルな料理に合わせて、ナチュラルなワインを選びました」とソムリエの三坂さん。二人が見せてくれる世界はどんなものだろう?

スペシャリテに合わせるのは、みりん!

料理の下に敷いてあるのは、アニス(八角)

おまかせコースとペアリングコースを選ぶと、乾杯のスパークリングワインとアミューズで始まる。それに続くのはスペシャリテである「鳩とアニス」。鳩をアニス(八角)やシナモンなどのスパイスと赤ワインで煮込み、春巻きの皮で包み揚げて仕上げた料理。フレンチの概念を打ち破る一品だ。スティック状にしてあるので、かなりカジュアルにいただける。これぞ、シェフ・野村流のフレンチの堅苦しさを取り払うラフでセンスのある仕掛けだ。

スペシャリテの「鳩とアニス」は、小笠原味淋(みりん)と合わせて。小笠原味淋はペアリングの1杯には含まれないサービス

これにソムリエの三坂さんがペアリングしたのは、これまた意表を突くみりん。鳩とアニスのスティックはフレンチのパイ包みのような感覚だが、皮のパリパリ感とスパイスで異国の雰囲気をまとっていた。「みりんは、紹興酒をイメージしたペアリングです。料理の深いコクや香りを引き立てていますが、紹興酒と違って甘みがあるので、誰にでも飲んでいただきやすくなっています」とソムリエの三坂さん。コースの序盤から二人のサプライズが心地よい。

トロピカルな魚料理には、マンゴーの香りの白ワイン


「縞鯵(シマアジ) パッションフルーツ ココナッツ」

前菜が2皿続いた後は、魚料理。夏らしい鮮やかな色合いの一皿と一杯が登場した。「縞鯵 パッションフルーツ ココナッツ」は、シマアジのタルタルをタイ料理のミャンカムのように包んで食べる料理。南国の植物や干しエビとあわせ、これまた手づかみでいただくカジュアルさが楽しい。

ワインは、ヴァル・ド・コンブレスのレ・シャン・マニエティック2020を合わせて

合わせるワインは、フランス・ローヌ地方のさまざまな品種をブレンドした色の濃い白ワイン。「甘みや酸味、塩気などいろいろな要素がある料理なので、複雑味が印象的な白ワインを合わせました。マンゴーを思わせる余韻があるのでパッションフルーツに寄り添う味です」とソムリエの三坂さん。テーブルにパッションフルーツの香りが広がるほど強い香りの料理だったので、アロマティックで柑橘感のあるワインがとてもよく合っていた。

金華豚はスペインのソースと赤ワインで旨味を堪能

バーナーで炙って焦げ目がつけられる
とろりとした卵のサバイヨンソースは、ピペラードや豚肉と相性抜群

続く肉料理は、「金華豚 パプリカ 卵」。金華ハムに使われる金華豚をスペイン・バスク地方の調理法でいただく料理。「バスク地方は夏野菜がおいしい地域。豚肉には同地域の唐辛子やトマトを使ったピペラードソースを合わせました。ピペラードソースは卵と相性がいいので、卵を使ったサバイヨンソースを豚肉にかけています」とシェフの野村さん。見た目がカラフルで食欲をそそる料理だ。

「金華豚 パプリカ 卵」は、フランク・マサールのプリオラート ユミリタ2017との組み合わせ

肉料理に合わせるのは、スペインのグルナッシュとカリニャンを使った赤ワイン。「辛味のあるピペラードソースに合わせて、スパイス感のあるスペインの赤ワインにしました。ギュッとした果実味からくる味わいがあり、豚肉の旨味とも相性がいいですね」と、ソムリエの三坂さん。肉とワインを味わっていくうちに出てくる炙った香りもアクセントになる組み合わせだった。

ソムリエ三坂さんの「私が恋した自然派ワイン」

ソムリエの三坂さんが恋した自然派ワインは、マルセル・ダイスのゲヴェルツトラミネール2017(グラス1,430円、ボトル12,100円)

ソムリエの三坂さんには、自然派ワインを選ぶとき軸にしているワインがある。それがフランス・アルザス地方で頂点に立つマルセル・ダイスのゲヴェルツトラミネール。

「マルセル・ダイスはアルザス地方の革命家でもあります。それまでのアルザス地方のAOC(フランスのワイン法)では品種が重視され、単一品種名の記載が必須でしたが、彼が土地を重視したことで畑名の記載によるブレンドワインが許されるようになりました。

今回のゲヴェルツトラミネールは単一品種のワインですが、ライチの香りやフローラルな花の香りがあって、余韻に甘みのあるタイプ。華やかな風味が好みの方やワインを飲み慣れていない方にわかりやすい特徴と飲みやすさがあって、きれいな一本。皆さんに飲んでほしいワインです」

きれいな味わいの自然派ワインをラインアップ

HATOではフランスを中心にした世界各国の自然派ワインが用意されている。にごったタイプや主張の強いタイプよりも、フランス・アルザス地方の自然派ワインのようなきれいなタイプが中心。グラスワインは12種類(1,100〜1,650円)あり、そのうち8種類が白ワインやオレンジワイン。店内には、ワインセラーがあり、ボトルワインは約100種類(7,920〜14,300円)がぎっしりと詰まっている。

料理とワインのある時間そのものが輝くように

HATOの21時からは、ワインが主役のバータイム。ソムリエの三坂さんが選んだワインに、シェフの野村さんが即興で作る小皿料理が注文できる。時には「ナスの揚げ浸し」のような和食が登場することも。

HATO唯一のメニューであるおまかせコースとペアリングコースは、その季節の旬の味に世界各国の料理のエッセンスが加わり、フレンチをサプライズな料理に変えていた。シェフの野村さんは「僕が作る料理そのものよりも、料理やワインのある、その時間を楽しんでほしい」とも。その言葉からは、日常の延長にある幸せを演出したいという思いが伝わってきた。

HATOの外観

HATOで過ごす時間は、いつもとちょっと違う枠に飛び出す楽しさを教えてくれる。新宿から1駅の都心に近い住宅街という立地も絶妙。次の休日は、HATOで日常を一歩出る冒険を始めてみてはいかがだろうか。

※価格はすべて税込

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:岡本のぞみ

撮影:山田大輔