古くから日本を代表する港町として発展し、神戸牛のステーキやスイーツの激戦区としても知られる兵庫県神戸市。2022年1月に「ニッポンカレーカルチャーガイド」を上梓したカレー細胞さんの故郷でもあるこの街の、おすすめ店6軒を教えてもらいました。

教えてくれる人

カレー細胞(松 宏彰)
兵庫・神戸生まれ。国内だけでなくインドから東南アジア、アフリカ南端、南米の砂漠まで4,000軒以上を食べ歩き、Web、雑誌、TVなど各メディアでカレー文化を発信し続ける。年2回、カレーにまつわるカルチャーを西武池袋本店に集結させる「東京カレーカルチャー」など、イベントプロデュースも多数。TBS「マツコの知らない世界」ではドライカレーを担当。Japanese Curry Awards選考委員。食べログアカウント:ropefish

古くからインド人街を擁する神戸

今回取り上げるのが兵庫全体ではなく神戸市に特化しているのは、カレー細胞さんが神戸出身だからではありません。兵庫全体で俯瞰した場合、兵庫らしいと言えるような特徴がなく、また名店も点在しているから。

いっぽう、神戸には新旧の名店が何軒も存在。そのうえ、歴史的にも神戸カレーでくくったとしても語れる要素がたくさんあるのだとか。

「神戸にインド人コミュニティが根付き始めたのは大正時代。理由は港町だからです。横浜港でも商売をしていたそうなんですが、1923(大正12)年に関東大震災があったため避難し、彼らも神戸に集まったそうです。やがて、異人館でも有名な北野町周辺にコミュニティが形成。1935年には日本最古のモスク(イスラム教の礼拝堂)『神戸ムスリムモスク』もできました」(カレー細胞さん/以下同)

コミュニティは古くからあったものの、インド料理レストランは長らくなく、その誕生は東京より遅いものでした。「純印度式カリー」で有名な「新宿中村屋」が「カリーライス」を提供し始めたのは1927年。また、日本最古のインド料理店と言われる銀座「ナイルレストラン」の創業は1949年です。いっぽう、神戸最古は北野町からも近い場所にある「デリー」という1963年創業のインド料理店です。

ごちそう権左右衛門
「デリー」のチキンカレー(1,100円)と茄子のカレー   出典:ごちそう権左右衛門さん

「上野発祥の老舗『デリー』とは違うんですけど、店名は一緒。インド人の家にお手伝いで住み込んでいた日本人が、習ったレシピでレストランを始めたのが1963年ですね。長らくインド料理店ができなかったのは、同郷のコミュニティなので日本人向けのレストランを出店する理由がなかったからです」

その後1970年の大阪万博を契機に食の国際化が浸透。1973年にはインド人経営の本格レストランとして「ゲイロード」が神戸の三宮に開業(現在はマリンピア神戸内で営業)しました。同店はインドのニューデリーに本店があり、こちらは1939年創業。

「インドレストランゲイロード マリンピア神戸店」の牡蠣カレー
「インドレストランゲイロード マリンピア神戸店」の牡蠣カレー   写真:お店から

「『ゲイロード』はタンドール料理とナンとカレーがメインの、北インド料理店。会食で使えるような立ち位置でもあり、インドで言うならホテルレストランのようなポジションですね。名シェフも輩出していて、神戸の北インドレストランのいくつかは、出身シェフによる店も多いです。たとえば元町の『ラジャ』とか。昨秋閉店した名店『インド料理 ショナ・ルパ』のビジョン・ムカルジーシェフも『ゲイロード』卒業生で、とにかく北インド料理で言うと、日本屈指の由緒ある街が神戸なんです」

神戸市内のカレー店おすすめ6軒

今回6軒のおすすめを選ぶにあたって、カレー細胞さんはカテゴリーを分け、その代表店を中心に教えてくれました。まずは前述のインド人コミュニティから派生し、関西のカレーマニアから絶大な支持を集めている「クスム本場家庭料理」から。

1. 北インドの日常食が味わえるマニア垂涎の「クスム本場家庭料理」

「クスム本場家庭料理」は三宮にあり、近隣のインドの人向けに手早く彼らのソウルフードを提供する食堂。インド通の日本人が「ガチで現地の雰囲気と味が楽しめるのは日本でここだけじゃないか?」と驚くほどの本格派だとか。

「クスムというのは女将さんの名前。夫のテワリさんが営むインド食材店に併設しているお店です。メニューはダル(豆)カレー、パニール(カッテージチーズ)カレー、サモサ、チャパティ、マンゴジュース、チャイといった素朴な内容で、日本人に一切媚びない本場の味がたまりません!」

よし0016
「クスム本場家庭料理」のランチ(A)980円   出典:よし0016さん

当初はマンションの一室で営業していたものの、建物火災によって移転。現在のインド食材店併設という形になりました。

「日本語はあまり通じませんが、だからこそいいんです。北インドのリアルな家庭料理を異国情緒あふれる空間で楽しめる。神戸の中でも特別な一軒と言っていいでしょう」

なお、神戸の南インド料理店に関しても、関西で早くから根付いたのは神戸。おすすめを挙げるなら、元町にある「南インド家庭料理 インダスレイ」だとか。

「一番好きで帰省するたびに通っていたのは、閉店してしまった『マドラスキッチン』です。特にドーサは日本一のクオリティで、ビリヤニも国内トップクラスのおいしさでした。雰囲気もお洒落で最高でしたね。あと、南インドではなくスリランカカレーなら『カラピンチャ』がおすすめです」

2. 現地で学んだ日本人女性による本格パキスタン「チーニーカリー」

モスクがあるため、イスラム文化圏のパキスタン料理店も多い神戸。有名なのが、前述「神戸ムスリムモスク」の向かいにある「ナーン イン」です。ここは、現地のイスラム教徒が礼拝後に楽しむ食堂の役割も果たしているのだとか。

「パキスタンは地理的に北インドと近く、文化的につながっていることもポイントです。『ナーン イン』のビリヤニは、ホールのブラックペッパーがゴロゴロ入る僕好みの味わい。そしてより好きなのは、同店でシェフを務めたアリさんが独立開業した『アリズ ハラール キッチン』です。ビリヤニも、プラオ(ビリヤニに近しい米料理)も日本トップクラスのおいしさですよ!」

こうした名店が数ある中、カレー細胞さんのイチオシは「チーニーカリー」。三宮にあったパキスタンレストランの重鎮「インディアン&パキスタン タンドール」のヤヤ店主の下で修業し、その後パキスタン北部の町にホームステイして本場のパキスタン料理を習得したyocoさんのお店です。

 H.ななせ
「チーニーカリー」のチキンプラオ   出典: H.ななせさん

「『インディアン&パキスタン タンドール』は、特にニハリやハリーム(ともに肉中心の煮込み料理)が秀逸。そして『チーニーカリー』は、パキスタン料理の魅力はそのままに、ワンプレートで盛り付けるという今風のスタイルが特徴です。ディープな本場の味を絶妙にアレンジしており、これがまた絶品なんです」

ちなみに「インディアン&パキスタン タンドール」は立ち退きにより三宮から移転。何を隠そう、その先は弟子の「チーニーカリー」がある物件に決まったのです。ということで、この建物は1階が日本人女性によるパキスタン料理店で2階は本格パキスタンレストランというムスリムグルメビルに。

「日本でパキスタンコミュニティの本格レストランタウンと言えば、埼玉のヤシオスタン(八潮)や富山のイミズスタン(射水)が有名ですが、都市であれば神戸がおすすめですよ」とカレー細胞さん。神戸へ旅行する際には、覚えておきましょう。

3. 正統派の中華式咖喱飯が味わえる「香美園」

神戸は元町にある中華街「南京町」も有名ですが、このコミュニティに育まれた中華カレーも神戸グルメのひとつだとカレー細胞さんは言います。

「中華カレーは大きく分けてふたつあります。ひとつは中華料理店で提供される『中華式咖喱飯(チュウカシキカーリーファン)』。もうひとつは、スパイスカレーなど日本の様々なカレーに中華要素を加えた『ネオ中華カレー』と呼ぶべきもので、麻婆カレーなど進化が注目なカテゴリーです」

中華式咖喱飯は主に、広東料理系、台湾系、シンガポールなど東南アジア華僑系のお店で多く見かけるとか。特徴のひとつが、カレー粉を用いたレシピであること。横浜の中華街でもこのタイプは多く、神戸でも正統派の中華式咖喱飯に出合えます。

「広東系の華僑が多く住む神戸には、カレーが名物の中華料理店がたくさんあり、お気に入りは『香美園(コウビエン)民生支店』。こちらは南京町で最も老舗の広東料理店『民生 廣東料理店』オーナーの弟さんが、50年以上前に開店した、文字通りの兄弟店です」

南森王
「香美園 民生支店」のカレー700円   出典:南森王さん

どのメニューも大衆中華としてズバ抜けたおいしさですが、名物はやはり「カレー」。もともと「民生 廣東料理店」のまかないだったカレーをメニュー化して名物になったそうで、今では客の6割以上が注文するとか。

「中華式咖喱飯らしいトロッとしたツヤがナイス。具材は豚肉、玉ネギ、ジャガイモと、中華カレーの定番です。口当たりは意外にサラリとしつつも、味自体はなかなか濃厚。とにかくクセになる味わいです」

ほかにも神戸には、タイ、シンガポール、ベトナム、マレーシアのレストランも点在。カレー細胞さんのイチオシは、マレーシア伝統の「ニョニャ料理」を提供する「マレーシア風カレー&ペナン料理 梅花(メイファ)」。日本でこの料理はきわめて希少とのことで、注目です。