食べログ3.5以下のうまい店

巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー!

食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。

食べログでは口コミを独自の方法で集計して採点されるため、口コミ数が少なかったり、新しくオープンしたお店だったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり得るのだ。

点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

そこで、グルメなあの人にお願いして、まだまだ知られていない“とっておき”の「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回は、おいしいものを知り尽くしたフードパブリシストの高橋綾子さんが心からおすすめの一店!と太鼓判を押す「日本料理 仁」です。食べログの点数は3.32ながら、その実力は?

※点数は2022年2月時点のものです。

教えてくれる人

高橋 綾子
フードパブリシスト。国内外ファッションブランドのプレスとして従事した中で肥えた“食”へのこだわりは、その後の素晴らしい人々との出会いと相まっていつしか人生そのものに。その間に培った食のデータと人脈を武器に“喜ばれるレストラン”の発掘に勤しむ日々。おいしいものしか喉を通らない不思議体質。

コロナ禍にオープンという窮地を「季節の盛り込み膳」のブレイクが救った

「日本料理 仁」はJR石川町駅から徒歩5分ほど、みなとみらい線元町・中華街駅からは徒歩8分ほどという好立地にあるが、意外にも周辺に店が少なく、人通りもまばらである。オープンは2020年3月29日。しかし、喜びも束の間、4月7日に7都府県に緊急事態宣言が発出され、夜の営業時間を短縮して11時半から20時まで通し営業という厳しい船出だった。

店主、柴田芳丕人(しばた よしひと)さん自筆のロゴ。本名である義仁の「仁」という文字は人が座ってテーブルで食事をしている様に見える、との書の師、故・深津論美子さんの言葉から店名とした

と言ってもこの場所はシェフが高齢という理由で閉店してしまった非常に人気のピザ店だったので、その顧客たちが注目していたことと、店主、柴田芳丕人さんの前職からの常連客がお祝いで来店してくれたことが相まって、オープン時はそこそこ賑わいを見せた。しかし、半年も経つと事態はどんどん深刻化し、いつ通常営業に戻れるのかまったく先が見えない中で、持ち帰りのお弁当や惣菜などで必死に耐えるしかなかったのである。

カウンターもテーブル席も本来の席数よりグッと減らし、アクリル板も細かく配置し、コロナ対策も万全だ

そのピンチを救ってくれたのは、ランチで提供し始めた「季節の盛り込み膳」だった。先付けから始まり、2種類のお造り、圧巻の15種類ほどの酒の肴や「ごはんのオトモ」に天麩羅と焼き魚が並んだ籠盛り御膳、そして白飯と味噌汁がつく。これが他にはないとたちまちブレイク! それからはランチで来店した客が友人を連れてディナーにも訪れ、その友人がまた友人を連れてくる……、そうして口コミだけで満席が続くようになった。

優れた色彩感覚と絵心が日本料理人への道を開いた!

その柴田さんの人生は小学校低学年で決まったそうだ。幼少から絵を描くのが好きだった柴田さんに料理人である父親から「お前は色彩感覚に優れているから日本料理が向いている」と言われ、何ひとつ疑うことなく小学校の卒業文集に「日本料理人になる!」と書いた。中学生になっても「いつか日本料理の店を出します」と当時の担任に宣言していたそうだ。

初志貫徹で小学生からの目標である日本料理人となった柴田さん

そして柴田さんの料理人生は下高井戸「旭鮨総本店」に始まり、大阪「高麗橋吉兆」、京都「京料理あと村」、神楽坂「和食 千」、西麻布「ふるけん(現在は『個室ふるけん』)」、そして父親が経営していた本牧「洒楽喰(しゃらく)」を経て、自身の店「日本料理 仁」と続く。

柴田さんに料理哲学は?と問うと、「料理の深化と進化」と答える。修業先で学んだ料理の基礎、コスト管理、そして鍛えられた探究心と創造力を礎に、先人達が残してくれたものを深め進めていきたいのだと語る。

「昔はフレンチとか中国料理の要素を日本料理と融合するのは邪道で、古来からの料理を深めることがすなわち日本料理を究めることだと思っていました。でもこの店の準備期間中に日本料理の原点は中国料理だということを改めて文献や料理人たちから見聞きして、異なる国の調味料や食材、技術を取り入れることで、“より良い、新しい日本料理の表現”を生み出すこと、つまり進化も必要なのだと思ったのです」と、柴田さん。

店には柴田さんの作品、「龍吟雲起 虎嘯風生(龍吟ずれば雲起こり虎嘯けば風生ず)」が飾られている(写真は「虎嘯風生」)

そうやって深化と進化を続けてきたからこそ、「たら白子と青ザーサイ」や「海老芋と明太子」の土鍋ごはんや、「牛肉とヤングコーン、ヤングコーンのひげの葛引き」といった誰にも真似できない料理が日々生まれるのだ。

「頭の中で1年ほど寝かせてからお店に出すことが多いですね。例えば去年塩漬けの桜を粉末にして作った桜塩は試行錯誤して完成した時にはすでにYouTubeとかでみんなやってて……、ちょっと遅かったですね(笑)。でも春にお造りに添えようかなと思っています」と、クスリと笑ってしまうようなことも。おいしい基準はひとそれぞれであっても柴田さんがかけた努力と時間は嘘をつかない。