【じっくり食べたいハンバーガー】第25回「潮見スキッパーズ」(Skippers’)

2021年11月、アメリカ・テキサス州ダラスで開催されたハンバーガーの世界大会に、大会史上初めて日本人チームが参戦しました。今回はその快挙を成し遂げた店についてお話ししましょう。店の名は「潮見スキッパーズ」。JR京葉線・潮見駅にあるお店です。

東京駅から3つ目、舞浜の3駅手前の潮見は、町全体が人工島=埋立地で、四方を運河に囲まれた場所です。店の隣は造船所。そして、窓の外には汐見運河が広がるオーシャンビュー……いや、運河なので「キャナルビュー」かな? とにかく、都内でも屈指の絶景を誇るバーガー店です。鉄道好き、あるいは“橋梁マニア”の人にとっては、運河を越えて地下に潜る京葉線のこの高架橋のアングルは垂涎モノ!

店の下まで船で乗りつけてハンバーガーを受け取る“クルーズスルー”も可能だそう

潮見駅前にかつてあった「マクドナルド」で働いていたバイト仲間が「もう一度ハンバーガー屋やろうよ」と集まって始めたのが、スキッパーズ。そのリーダーが店主の東條さんです。東條さんは千葉の名店「PANTRY COYOTE」でハンバーガー専門店の存在を初めて知り、人形町の「BROZERS’」で腕を磨いて、東雲店の店長まで務めました。

そんなハンバーガーの名店2店との出合いから生まれたスキッパーズのバーガーメニューは現在13品。中でも「はじめてなら、これを」という基本の一品が「スキッパーズ エッグチーズ」です。

「スキッパーズ エッグチーズ」1,540円。オニオンソースは昆布とかつおでだしを取るところから始めて、完成までに4日を要する労作

パティはオージービーフの肩ロースとモモ肉を合わせた110g。北海道産「はるゆたかブレンド」使用のバンズは、当初は店で焼いていましたが、他店にも卸すようになり、現在はパン職人である東條さんの弟に製造を任せています。

パティの上のチーズはレッドチェダー、ステッペン、ゴーダ、サムソー、モッツァレラの5種のシュレッドチーズの混合。オニオンソースには昆布だし、かつおだし、しいたけ、帆立の干し貝柱の4つのだし入り。バンズの生地にも昆布とかつおのだしを配合。卵は埼玉・深谷の「田中農場」産。そして、農家指定の厚切りトマトの上に同じく農家指定のルッコラがのり……この店は説明が多いですね(笑)。

パティは10mm挽きの豪州牛肩ロースとダイスにカットした“シンタマ”を混ぜずに、上下2層になるよう成形

かぶりつけば、バンズは口どけ良好。その下に甘いの辛いの、いろんな味が「どろり」と詰まっていて、味わいにぎやか。そこへルッコラの葉が「プチプチ」とユニークな食感を発揮します。パティは10mm挽きの肩ロースと、ダイスにカットしたモモ肉(シンタマ)を“混ぜず”に、上下2層に成形。つまり、片面が挽肉、もう片面はカット肉という2層構造のパティです。これがまるでステーキを食べているかのような食べ口。非常に独特な、他店では味わえないような強い個性を感じるバーガーです。

そんな個性派の東條さんがハンバーガーの世界大会に出場することになったのは、「俺が作るハンバーガーは世界一」と食べに来た友人に豪語したことからでした。それを聞いた友人は「World Food Championships」なるコンテストが毎年ダラスで開催されていることを突き止めます。

「World Food Championships」に出場したスキッパーズの東條さん(中央)と、瑞江のハンバーグ&バーガー店「とびだせっ!肉マルくん!」の姜さん(左)、麻布の「東京アメリカンクラブ」に勤務の中島さん(右)の3人

賞金総額35万ドル。観客動員25,000人。世界中から1,400人のシェフが集まり、5日間をかけてその年一番の皿を決める大会です。全部で10ある部門のうちのハンバーガーのカテゴリー「World Burger Championship」に東條さんは日本人として初参戦することになりました。店はスタッフに任せ、友人3人でチームを結成して11月3日に渡米。日程は8泊9日。コロナによる現地での待機期間はナシ、帰国後は14日間の自主隔離。そこまでの時間と費用をかけてのチャレンジです。

「World Food Championships 2021」は11月5日から9日まで、テキサス州ダラスのフェア・パークで開催。ハンバーガーの予選は7日午後に実施。東條さんらは事前に現地入りして買い出しや会場の下見などを行った

ハンバーガー部門の参加チームは31組。予選の上位10組が2日後の決勝に進みます。予選ラウンドは、大会指定の食材を使ったバーガー1品と、シェフ自慢のバーガー1品の計2品を、2時間以内に全部で12個作って提出。「味」「見た目」「調理工程の正確さ」の3つの基準をもとに審査します。東條さんはバンズや調味料については日本より持参。肉や野菜などの生鮮食品は現地のスーパーで買い集め、予選に臨みました。

予選ラウンドの模様。会場内は直火使用不可で、焼き場のみ屋外に。限られた設備と時間をどう使うかが勝負の分かれ目のひとつ

会場は公園内の大きな多目的ホール。キッチンブースが配置された場内は監視員が常に見回っており、ルール違反などを厳しくチェック。観客や取材クルーも場内にいて、制限時間が迫るとカウントダウンのアナウンスが流れるなど、かつてのフジテレビの超人気番組『料理の鉄人』さながらの臨場感と緊迫感の中、アッという間に2時間が経過。

シェフ自慢の一品(シグネチャーディッシュ)は10位の評価を得ましたが、総合順位は26位で残念ながら決勝進出はならず。しかし、ルールがさまざまある中で、作業の手順や分担などを入念に準備し、指定のメニューをきっちり時間内に仕上げるという、この“新たな競技に”挑んだ3人の感想は異口同音に「楽しかった!」と。全米で盛んな「フードスポーツ」の魅力にすっかりハマった、初の日本人チーム3人でした。

「スキッパーズバーガー4.0」1,680円。サブタイトルの「Freedom〜〜」は、ダラスで食べて感動したバーガー店のキャッチコピーより

本場の厚い壁に跳ね返された東條さんですが、現地で入ったハンバーガー屋の一軒にシンパシーを覚え、その店のバーガーをヒントに、帰国後新たなバーガーを作りました。それが「スキッパーズバーガー4.0」です。生トマトの代わりにトリュフオイルで和えたドライトマト、その下にルッコラ、ハラペーニョ、オニオンソース、そしてパティの上にブルーチーズを塗った一品です。

アメリカのハンバーガーと比べると、日本のバーガーはどうしても肉については「力負け」すると。その足りないパワーは「だし」や「旨味」で補うのが日本人らしいやり方ではないか……というコンセプトのもとに生まれたバーガー。今まで強めに振っていた胡椒を抑えたことで味が整理され、トリュフの香りやドライトマトの酸味・甘味がわかりやすく感じられて、ハンバーガーとして一気にグレードアップしました。ブルーチーズのまろやかさ。噛み締める肉の味わい。オニオンソースには迫力さえ感じられます。旨味と香りが鼻に抜けて、とにかく後味よし。力強く、かつ、繊細なバーガーの誕生です。文句なしのイチ押し!

「タルタルチーズハッシュ」1,580円

あと3品ほど紹介します……。「タルタルチーズハッシュ」は、田中農場の卵をたっぷり使ったタルタルソースに5種のチーズ、ハッシュポテトをのせた一品。緑の葉はルッコラでなく、グリーンカール。かぶりつくと、しっとりやわらかで食べやすいバンズの後に、ハッシュポテトのガリガリがなかなかのインパクト。タルタルソースに入れたディルが「ツン!」とよく利いています。

「おまかせスライダー5種」2,750円。写真手前から時計回りに、レッチリソース、タルタルソース、オニオンソース、ケチャップ&マスタード、ハニーマスタードの5種類のフレーバー

ミニサイズのバーガー「スライダー」もあります。パティはハンバーガーと同じ、粗挽肉とカット肉を合わせた50g。小さいながらも「肉」感が強く、食べごたえあり。満足感も相当。2人で来て、1人はバーガーを、1人はスライダーの5種盛りを頼んで、分け合うパターンも多いそう。

スライスしたバンズにのせていただく「牛すじのトマト煮」860円

肩ロースをカットする際に出たスジ肉も無駄にしません。2日間たっぷり煮込み、炒めた玉ねぎとともに赤ワイン、トマトソースなどでさらに1日煮詰めたのが「牛すじのトマト煮」です。これがお酒の進むなかなかワルい味で、肉から溶け出た油もたっぷり。半熟卵のトッピングが大人気。

私の記憶が確かならば、ハンバーガーの世界選手権に出場したことがある日本人は、東條さんたちが初めてでしょう。世界中がコロナ禍で沈滞し、混迷する中、それを掻い潜って、よくぞ貴重な経験をしてきました。さぁ、いま日本で最も熱きハンバーガーシェフよ! テキサス帰りのその腕前を、大いに見せつけるがいい!!

夜も素敵な店内で、世界大会出場の成果を、皆さまもぜひご堪能あれ!

※価格はすべて税込

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2021年12月20日)時点の情報をもとに作成しています。

取材・撮影:松原好秀

文:松原好秀、食べログマガジン編集部