コンピューターのプログラムを作成、改造できる高い技術を持つハッカー。2014年にオープンした『Hackers Bar』(六本木)は、カウンターの“中の人”が現役ハッカー&ハッカーを目指すスタッフというユニークなバーとして、夜な夜なデジタル好事家が集うお店として人気を博している。
前編では、ハッカーがお客さんの前でプログラミングを披露する、ビットコイン決済が可能など、他のお店にはない個性を誇る『Hackers Bar』とは一体、どんなお店なのか伺った。
後編では、オーナー兼ハッカーである中尾彰宏氏に、ビットコイン決済の仕組みを含め、IoT(Internet of Things/モノのインターネット)や仮想通貨といったテクノロジーが、飲食とどういった融合を果たすのか聞いてみた。
どう会計するの? ビットコイン決済の仕組み
――『Hackers Bar』ではビットコイン決済が可能ということですが、どのような会計手順になるのでしょうか?
まずビットコインを持っていることが大前提です。 そしてビットコインを保管する取引所かウォレットを持っていること。ちなみに、取引所は決済手数料が高く、仮想通貨のメリットの一つと言われている「決済手数料・送金手数料が安い」という恩恵がないので、個人のウォレットの方がオススメです。ウォレットとは、その名の通り財布を意味し、個人だけが持つ銀行口座のような存在です。ウォレットを持つことで、ビットコインの保管や資金の移動が可能になります。
――すでにややこしいですが、その先を教えてください(笑)。
例えば、本日の会計が3,600円だとします。その金額をお店のウォレットに表示すると、画面のように3,600円分のビットコイン決済のQRコードが表示されます。その表示されたQRコードを、ウォレットのアプリで読み取れば支払いは終了です。カンタンでしょ?(笑)
ビットコインの会計は、すべてQRコードで表示されるという。
――いやいやいや(笑)。たしかにあっという間ですけど、あっという間すぎて。3600円分が0.01172ビットコイン(7/31時点)ということで、それをLINEの「友だち追加」のようにQRコードから認識して決済するわけですよね?
そうです。ウォレットのアプリを起動して、仰るようにまさにLINEの「友だち追加」のようにかざすと終了です。ちなみに、決済手数料に関しては4円ほどですね。
――たしかに安い……。ちなみに、先日ビットコインは分裂騒動がありましたが、支払いに影響はないのでしょうか?
今まで通りビットコイン決済はできます。分裂のあった8月1日にビットコインを持っていた人は、ビットコインと同数のビットコインキャッシュが割り当てられたことになります。
新しく割り当てられたビットコインキャッシュについては、現状はお支払いには対応していません。ですが、ビットコインキャッシュでの取引が盛んになり、取引所での取り扱いが増えた場合、決済に対応する可能性もあります。
※ビットコインキャッシュ=ビットコインが分裂して誕生した新ルールを適用した仮想通貨。既存のビットコインとは互換性がない。
『Hackers Bar』オーナー兼ハッカーである中尾彰宏氏
――なるほど。便利なことはなんとなく分かったのですが、そもそも仮想通貨、暗号通貨って、馴染みのない言葉が多すぎていまいち理解できないというか。それこそ個人のウォレットを持つためには、「公開鍵」「秘密鍵」が必要など……その時点で頓挫してしまいそう。
「百聞は一見にしかず」ではないですが、『Hackers Bar』に来ていただければハッカーたちが教えますよ(笑)。仮想通貨のメリットは、紙幣が大量に刷られてお金の価値が変わったり、有事の際に紙幣の価値が激変してしまうというリスクがないことです。
海外旅行で言えば、現金をその国の通貨に両替しなければいけないため手間と余計な手数料がかかってしまう。断然、仮想通貨の方が使い勝手がいい。実際、『Hackers Bar』では1割ほどのお客さんがビットコイン決済を選択しています。
うちのハッカーも、全員がビットコインを所有しているので、聞きたいことがあったら聞いてみてください。なんだったら、送金や(現金からビットコインへの)換金の練習をしていただいて、実際にその利便性を体験していただいても構いませんよ。
――それは心強い! ますますテクノロジーが進化して、新しい技術が生まれ、我々の生活と融合を果たしていくときに、「自分に使いこなせるのか?」という恐怖ってあると思うんです。『Hackers Bar』のようなお店があるのとないのとでは、まったく違いますよ。
そういった形で我々のお店が役に立つときもあるでしょうね。今後、確実に仮想通貨をはじめ、さまざまな技術が生活の一部になっていくと思われます。ショッピングモールだけで使える仮想通貨、ある地域だけで使える地域通貨としての仮想通貨などたくさんの仮想通貨が誕生し、それぞれの仮想通貨同士が当たり前のように交換できる時代になると思います。
事実、皆さんは電子マネーやポイントで同じことをしている。電子マネーに比べメリットの多い仮想通貨が、それに取って代わる日もそう遠くないかもしれない。テクノロジーの進歩を見るときに、自分には関係ないと斬り捨てるのではなく、現実世界で起こっていることに近い想像をした方がいいと思います。
寿司屋に必要な技術こそ、技術の本質
――そうなると気になるのが、テクノロジーと食の結びつきです。今後、「Fintech」ならぬ「Eatech」のようなことがありえると、中尾オーナーはお考えでしょうか?
POSレジやタブレットなど、人や箱を管理するという意味では需要はあるかもしれません。ですが、カスタマー目線で考えたときに、飲食にテクノロジーが必要なのか?と思うんですよね。
『Hackers Bar』は、言うなれば電脳サイドに特化したお店ですから、どんどんそういった技術やシステムに対応していくでしょう。ですが、一般的な飲食店にそれが求められているかどうかは別問題。私は、その物差しとして寿司屋で考えるんですよ。
――寿司屋、ですか?
寿司屋に必要な技術であれば、とてもセンスがあって不可欠なものになるかもしれない。人気のある寿司屋は、POSレジは必要ない。タブレットで注文するなんて情緒の欠片もないですからもってのほかでしょう。
予約管理システムにしても、1日5~10組で成り立つお店であれば帳簿で事足りる。そういった中で求められている、導入されて遜色がない技術こそ、“技術の本質”なのではないかと思っています。
――なるほど。目からウロコの考え方ですね……。
ITの先端技術や、ビジネス、エンタープライズの世界の物事を無理やり飲食店に導入することは、乱暴なやり方だと思うんですよ。飲食店の業務効率化という視点から導入した技術と、顧客の満足であるとか、楽しく食事をしたいという気持ちはリンクしないんじゃないのかなって。
――たしかにロボットがサーブする食事が「楽しいか?」と言われれば、人を選ぶでしょうね。
食事って、大切なコミュニケーションの一つでもあるわけですよね。店主と話をしたい人もいれば、お店の常連さんと仲良くなりたい人もいる。家族が一堂に会する場でもあるわけで、そこにテクノロジーが介在する余地があるのかなって。
その一方で、『Hackers Bar』はなんでもありです。我々にしかできないことや新しいことを、テクノロジーの視点を通して模索していきたい。ニッチな存在だからこそできることがある。うちのお店はフードメニューがおつまみ系しかないため、お腹が減ったお客さんは、Uberを呼んでフードを買ってくるなんてこともあります(笑)。既存のバーとは違うバーとして、みなさんの興味を集められるようにしていきたいですね。
取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)