コンピューターのプログラムを作成、改造できる技術を持つハッカー。2014年にオープンした『Hackers Bar』(六本木)は、カウンターの“中の人”が現役ハッカー&ハッカーを目指すスタッフというユニークなバーとして、夜な夜なデジタル好事家が集うお店として人気を博している。

 

ハッカーがお客さんの前でプログラミングを披露する、ビットコイン決済が可能など、他のお店にはない個性を誇る『Hackers Bar』とは一体、どんなお店なのだろうか。

 

オーナー兼ハッカーである中尾彰宏氏に、『Hackers Bar』誕生の背景と、テクノロジーと飲食業の接点を伺った。

即興で音楽を奏でるように、即興でプログラミングを披露する

――中尾さんは、遺伝子検査サービスの提供やキットの販売などを行う(株)ヒメナ・アンド・カンパニー代表取締役社長であり、医師免許を持つドクターでもあります。なぜバーの中にハッカーが立つようなお店を作ろうと思ったのでしょうか? 

 

 

もともと私自身が子どもの頃からプログラミングに興味があり、医学を勉強する傍らITやコンピューターについても勉強していました。医学部を卒業後、ソーシャルネットワークの開発に携わるIT企業に就職し、現在の会社(株式会社ヒメナ・アンド・カンパニー)を設立するのですが、Webエンジニアとしても何か表現できないかと考えました。

 

その一つとして、即興でプログラミングやソフトウェアのモノづくりを見せる場所を作ろうと。即興で音楽を奏でるバーがあるのなら、同じようにその場でプログラミングを披露するお店があってもいいのではないかと(笑)。

 

 

――ということは、Hackers Bar』では、スタッフであるハッカーの方が、お客さんの目の前でプログラミングを見せたり、ソフトウェアを作ってしまったりするわけですか?

 

 

そうですね。例えば、お客さんが「このサイトの文字の大きさや色、仕様を変えられる?」とリクエストしたとします。それを受けて我々ハッカーは、コーディング(プログラミング言語を用いてソースコードを組む作業)をして即興で変えていく。

 

また、ソフトウェアやアプリも簡単なものであればすぐに作れるので、それを酒の肴に皆さんで盛り上がったりすることもありますね。

Windows、Macの深刻なエラーをモチーフにしたオリジナルカクテル「ブルースクリーン」(左)、「カーネルパニック」(右)。

 

――すごい世界ですね。ハッカーと聞くと、暗い部屋でパーカーのフードを被ってひたすらキーボードを叩いているダークなイメージを持つ方もいると思うのですが、まったく違いますね(笑)。

 

 

それは映画やドラマの見過ぎです(笑)。企業を攻撃するなど、良くないイメージを持っている方もいると思いますが、ここはそういった場ではありません。

 

本来、ハッカーとはコンピューターへの造詣が深く、高い技術や知識を用いてコンピューター上の問題をクリアする人。コンピューターを通じて、その技術を提供・披露する場所が、『Hackers Bar』なのです。

目に見える技術や知識の付加価値をどう扱うか

『Hackers Bar』オーナー兼ハッカーである中尾彰宏氏

 

――やはりお店を訪れるお客さんは、コンピューター関連やIT関連の方が多いのですか?

 

 

全体の約5~6割くらいでしょうか。ですが、私としてはコンピューターに明るくない方にもたくさん来てほしいと考えています。詳しい人だけが訪れるような秘密基地のようなお店にはしたくないんです。

 

ここに来ることで、その人にとって何か有意義な知識を覚えて帰っていただきたいという気持ちがあるんですよね。

 

 

――例えば、コンピューターに関する知識を教えてほしいというような人でも?

 

 

「エクセルを教えてほしい」など、さすがに初歩的なことは困ります(苦笑)。ですが、現代においてほとんどの人がパソコンを使う中で、職種や環境に応じて、各々が何かしらコンピューターを通じて抱く問題点や改善点をお持ちだと思うんです。

 

例えば、過去に「リスト全員に送るメールの手順や作業が非効率だから困っているんだよね」という悩みを持ったお客さんがいたのですが、うちのハッカーがメールのやり取りを簡略化するための自動化ソフトを無償で作ったケースがありました。

 

ハッカーだからこそ解決できる問題があるわけで、そういったニーズに応えていくことも、『Hackers Bar』の役割の一つだと捉えています。

――確かにバーのマスターは、訪れるお客さんの悩みに耳を傾けることが少なくない。ハッカーがいるバーだからこそ話すことができるデジタルな相談や、バー文化もあるでしょうね。それにしても無償というのはビックリです。

 

 

我々が自分たちで、「プログラミングが優れている」と声高に言っても響きません。

ここに来たお客さんが、「『Hackers Bar』は面白い。すごい」と言ってくれるような状況をもっと作っていかなければいけない。そのためには明るくない方に来ていただいて、実感してもらえるような機会を創出していかなければいけません。一方で、プロとしてやるからにはコミットメントしなければならないという問題もあります。

ハッカーの近藤祥子さん。親身になってゲストの悩みを一緒に解決してくれる。

 

――コミットメントですか?

 

 

プロフェッショナルとしての仕事ではなくて、クリエイターとしての仕事になると……例えば、路上で絵を描いて売っている人は、プロフェッショナルというよりもクリエーターとしての考え方で動いている。

 

私個人は、そういう考え方って世の中にコミットメントしているとは思えないんですね。ニーズがきちんとあるプロフェッショナルとしてコミットメントする。そのためには費用がかかりますから慈善事業というわけにはいきません。

 

ですが、バーの店主がお客さんの相談に乗ってあげたとしても相談料は取りませんよね? 普通のバーとは違い目に見える形で知識や技術を提供することができるからこそ、付加価値をどう扱うか。そのバランスが非常に難しいと感じています。

 

後編は、ビットコイン決済の「?」をひも解く

普通の会話の他に、お店とお客さんによるデジタルな会話のキャッチボールが日常的に繰り広げられている『Hackers Bar』。今後、我々の生活にテクノロジーがより密接に関わってくるのだとすれば、「関係ない」「分からない」では済まされない時代になるかもしれない。当然、飲食の分野にもそういった波が訪れる可能性は高い――。

 

後編では、ビットコイン(仮想通貨)をはじめ、進化するテクノロジーと飲食のつながりをお伺いしています。

 

 

取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)