【食を制す者、ビジネスを制す】
第8回 うまいものを食いたいと思ったら、どうする?
セミリタイアという言葉がかつて流行ったことがある。
20代、30代で成功して40代以降は自由に好きなことをやって余生を過ごす―――。
そんな悠々自適に生きたいという願望は誰もが一度は抱くものかもしれない。実際、金融やITで若くして成功した人で、早めのセミリタイアを選んだ人も多い。
しかし実際のところ、そうやってセミリタイアを選んだ人の大半が何らかのかたちで仕事に戻っている。若くしてひと財産を手に入れ、鎌倉あたりに拠点を移して、サーファーをしながら、優雅に一日を過ごす。そんな快適なライフスタイルを手に入れた人たちが結局、都心に回帰したり、新たに仕事を始めたりしているケースが少なくないのだ。
人間とは不思議なものだ。仕事をしているときは仕事から逃れたいと思い、仕事がなくなれば仕事を欲するようになる。食べていくのに困らない財産を持っている人でさえも、どんなかたちであれ、仕事をしないわけにはいかないのである。
張り合いのある人生を送るには、仕事は必要だ。できることなら自分が一番やりたい仕事をしていることが最も幸福なことだろう。
だが、必ずしも一番やりたい仕事を誰もができるわけではない。
では、どうすればいいのか。
人生は長いからこそ、遅咲きでいい
それは2つの方法しかない。一つは自分が今携わっている仕事を好きになれるように工夫したり、努力したりすること。もう一つは、試行錯誤を繰り返しながら、やりたい仕事を目指して、自分のポジションを変えていくことだ。
それには時間がかかる。
でも、だからこそ、人生は面白いのである。望むものはなかなか手に入らない。手に入れるには時間がかかる。いい酒をつくるには時間がかかるのと同じことで、人生もコツコツと熟成させなければ、なかなかいい味は出せない。
中には、自分が本当に望むものを早く手に入れた人がいるかもしれない。しかしながら、人生は長い。若くして成功しても、もしかしたら、その人の後半生は二度と輝かしい瞬間が訪れないかもしれないのだ。
何度も何度も人生のピークを経験できる人なんて、そうはいない。
人生のピークはたいてい1度か、2度しかない。それを若いうちにたくさん味わってしまった人は後半生を過ごすことが難しくなるようだ。
人生は長いからこそ、遅咲きでいいのである。誰もが晩年は豊かに過ごしたいはずだ。精神的にも、肉体的にも豊かな晩年を過ごせないほど、人生で哀しいことはない。
だからこそ、焦る必要はない。失敗を繰り返しながら、自分なりの成功に近付いていけばいいのである。
政財界の有名人たちの御用達店、「赤坂 津やま」
そうして成功した人はおいしい店を知っている。おいしいものは体力をつけてくれるし、新たに仕事をやる気にもさせてくれる。
辻調理師専門学校のオーナー経営者だった故・辻静雄氏は、読売新聞記者から婿入りして料理学校の校長になったが、若かった記者時代は安い飯しか食べられなかったという。
その後、校長になって、フランス中の著名フレンチレストランを食べ歩きしたり、高級料亭の吉兆に一年間毎日通ったりして、料理学校のリーダーに見合う味を覚える努力をした。
そうしてVIPたちの世界を見たり、触れ合ったりするようになって、辻氏が感じたことが次のようなものだったという。
「うまいものを食いたいと思ったら、絶対に出世しなければならない。今振り返ってもそう思う」(『私の古典と人生』)
赤坂にある和食料理店「赤坂 津やま」には、そんな成功者がたびたび訪れている。小泉純一郎元首相、奥田碩トヨタ自動車元会長をはじめとした政財界の有名人たちの御用達店の一つだ。こちらの名物が「鯛茶漬け」。日本酒と小料理を食した後の〆の一品として、実に相応しいものだ。場所は路地裏で見つけにくく、ハードルも高いが、一度勇気を出して行ってみるといい。
その独特な雰囲気に触れると背筋が伸び、「仕事をがんばろう」という思いが新たに盛り上がってくるはずだ。