【森脇慶子のココに注目 第32回】「canade」

店名の意味を尋ねれば、「canade」は“奏で”。「協奏曲のように、たくさんのお客様の思いが響きあい、奏であうようなお店にしたくて——」。厨房で手を休めることなく、こう語るのは、オーナーシェフの池田光寿さん、43歳だ。

オーナーシェフの池田光寿さん

東京メトロ丸の内線・本郷三丁目駅から歩くこと5分あまり。ざっかけない雰囲気の通り沿いに去年の12月オープンした、いたって気さくなイタリアンだ。が、侮るなかれ。カウンター前に掲げた手書きの黒板メニューをひと目見れば、この店の実力が分かるはずだ。

取材当日のラインアップは、「新鮮レバーのカツレツ」に始まり、「一夜干ししたイワシの天火焼き 香菜のサラダ仕立て」「メジマグロのカルパッチョ フレッシュトマトと香草のソース」等々、まずは、その多彩な前菜の数々に心を奪われる。

新鮮レバーのカツレツは、中心をレア気味に仕上げた揚げ加減も絶妙。鮮度の良さを物語るぷりっと感と濃密な甘みが舌に広がる。また、カルパッチョにしたメジマグロは、池田シェフの故郷、静岡焼津産。「メジマグロは本マグロの子供。体重20kg程度の小ぶりなマグロなので、さっぱりしていてコクがある。ひとつのサクで赤身とトロの両方を味わえるところも魅力ですね。今後は、カツオも使っていきたい」と池田シェフ。

「自家製サルシッチャのオーブン焼き 十数種類の野菜の煮込み“リッポリータ”」1,760円

そして、メインに匹敵するほどの存在感を示すのが「自家製サルシッチャのオーブン焼き 十数種類の野菜の煮込み“リッポリータ”」だ。こちらも静岡産の豚100%。赤身と脂身のバランスのよい肩ロースをメインに、バラ肉も加えてジューシーさをアップ。あとはニンニクと塩のみ、の潔さが、豚肉本来の旨味を引き立てている。アツアツをかぶりつけば、肉肉しい歯応えの中、滲み出る肉汁の旨味に頬が緩む。

だが、それだけではない。ソーセージの下にリッポリータを添えているのだ。リッポリータとは、トスカーナ地方の伝統的な郷土料理。トスカーナ人の大好きな白インゲン豆や野菜、そして硬くなったパンなどをグツグツと煮込んだ、いたって家庭的なスープだ。最近ではあまり見かけなくなった古典料理を、基本に忠実に再現しつつも、スープとしてストレートには出さず、サルシッチャのソース兼付け合わせとして出すあたりに、池田シェフのセンスと経験値の高さをうかがわせる。

それもそのはずで、池田シェフは、あのミシュランの星を持つ銀座のリストランテ「アロマフレスカ」出身。ここで3年半の修業後イタリアへ渡り、トスカーナやピエモンテなどで約3年間研鑽を積んできた強者だ。帰国後、独立。地元で8年間腕を振るうも、やはり東京で勝負をしたいとの思いが募り上京。代官山「タクボ」や広尾「ボッテガ」を経て、念願の移転を果たしたそうだ。

「白海老とからすみのタリオリーニ」1,980円

「白海老とからすみのタリオリーニ」や「イタリア産ピゼッリのタリアテッレ」など、旬の食材を取り入れたパスタは常時3種類を用意。具と麺のバランスも上々なら、茹で加減も絶妙。だが、池田シェフのスペシャリテは別にある。

「Macalle(マカッレ)風リゾット」2,200円

ピエモンテの修業先の名物料理だった「Macalle(マカッレ)風リゾット」がそれで、なんとこのリゾット、チーズもバターもブロードも全く使わない。ただただ牛乳だけで米を炊いていくだけのシンプルさ。具もなく、皿の上にはごくプレーンな牛乳のリゾットと肉のフォンがのるのみなのだ。

シェフ曰く「素朴だけど、奥深い。この料理が生まれた時代背景を考えると、当時は、今ほど食材が豊富ではなく、台所には(地元の名産である)お米しかなくて。それを一番手に入りやすい牛乳で炊く。肉のフォンにしても、捌いた肉の骨や端肉を煮出して取っていたのでしょう。ある意味サスティナブルな料理だと思うんです」。

プラス1,650円で黒トリュフを追加できる

ここでは、仔牛の骨をベースに、豚や牛などの店で用いる肉の骨や端肉を使用。そのコクのある濃密な旨味がリーンな牛乳のリゾットと混ざりあい、生まれる深い余韻はどこか心に染み入るおいしさ。品格漂う佳品と言えよう。好みで黒トリュフを削りかければ、よりリッチな風味を楽しめる。

「山形金華豚の香草ロースト キンカンのコンポート 蒸し野菜のココット」3,960円

オーラスはメインの肉料理。「山形金華豚の香草ロースト キンカンのコンポート 蒸し野菜のココット」「黒毛和牛のロースト マルサラ風味のソース 蒸し野菜のココット」「仔羊のロースト 桜の葉 蒸し野菜のココット」など3〜4種類とメニューは決して多くはないが、いずれ劣らぬ精鋭揃い。その中で、今回選んだ一品は、「山形金華豚の香草ロースト キンカンのコンポート 蒸し野菜のココット」だ。

丁寧な火入れが、金華豚ならではのしっとりとしてきめ細かな肉質をうまく引き出している。奥行きのある旨みとキンカンのフルーティーな香りの組み合わせも粋。一皿200gと2名でも充分楽しめるボリュームもうれしい限りだ。

ソムリエ・サービス担当の美穂さん(写真左)

サービスを担当する奥様の美穂さんとの二人三脚ぶりもアットホームな趣を醸し出す店内は、寛いで食事をするには最適。お任せのコース7,000円もあるが、ここでは好きなものを好きなようにアラカルトで楽しむのが得策だ。仲間内で楽しむもよし、時にはひとり静かにカウンターで気ままに味わうもよし。TPOに応じて使いこなせるニューフェイスだ。

※価格はすべて税込、コペルト代(パン代含む)別

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※新型コロナウイルス感染拡大を受けて、一部地域で飲食店に営業自粛・時間短縮要請がでています。各自治体の情報をご参照の上、充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。

※本記事は取材日(2021年3月10日)時点の情報をもとに作成しています。

取材・文:森脇慶子

撮影:佐藤潮